冬の一角獣

真城六月ブログ

2020.9 オペラとサカナ

 


電車に乗っているとき、駅の改札を通り抜けるとき、故郷へ帰った知人といつか餃子を食べた中華料理店の閉店する旨を報せる張り紙を見ないように歩くとき。

 

 

「違うという事だけが分かる」

 

 

違うという事だけが分かり、それ以外は分からない。けれど、それは気の所為といって片付けて良い問題では無い。違うと感じるという事。

 

 

 


わたしは昨夜、フィッシュマンズを聴いていた。病気の人が眠る傍。ヘッドホンを付けて。介助で肩や首や手の指が痛んだ。わたしはサカナ。誰とも繋がっていない。誰とも分かれていない。エアコンの風が足の先にあたって冷たい。今年の夏は一度もペディキュアを塗らなかった。『となりのトトロ』を観て泣いた。岡崎京子を読み返した。ビタミンの事を調べた。大抵は笑いもしないし、怒りもしない。月より太陽が必要な気がした。他人の愛犬が高齢である事を思い出した。様々な事を学びたい。学ぶたびに愚かになるリスクを負いつつ、感じ取って理解する。理解して理解して何だっていうのかと思うね。思いながら感じ取り続ける。話が通じない。通じない事は救われる事かも知れないね。お互いにね。

 

 


「違うという事だけが分かる」

 

 

違うという事だけが分かり、それ以外は分からない。けれど、それは気の所為といって片付けて良い問題では無い。違うと感じるという事。

 

 

 


わたし、思うんだけど、好きな人以外みんな無理だなって。わたしは好きな人以外みんな無理なの。わたしはオペラ。子供の頃からそうなの。これからもそう。無理って、どういう事かというと、無理は無理としか言えない。そして、無理なものは無理なの。それで、ここからが重要なんだけど、好きな人ですら無理なの。好きな人も無理なの。だからもう、みんな無理なの。みんなもわたしを無理かもしれないけど、わたしはもっと無理なの。何が言いたいかというと、みんなの事は分からないの。わたしは色々な事をどうでも良いと思えないの。話が通じない。わたしは悪くない。誰も悪くない。みんな悪くない。わたしもみんなも悪い。悪くない。

 

 


「みんな悪くない」

 

 

 

わたしはサカナ。親が子供の頃、貧しかった話をしてくれたのね。クラスメイトの友達の誕生日会に呼ばれて、誕生日のその子はお嬢様だったんだって。わたしの親はね、いつもお腹を空かせているくらいだったらしくて、呼ばれてもプレゼントが用意出来なくて困った訳。それでも、お嬢様の誕生日会で振舞われる御馳走に憧れて、なんとか参加したかったんだって。親は親にお願いをしたけど、普段からキャラメル一つ買って貰えないから、もちろんお友達のプレゼントなんて買わせて貰えない。悩んだ挙句、子供である親は、自宅のお仏壇に飾ってあった親子の犬の置物の子犬の方だけを取って、お仏壇に「ごめんなさい」「ごめんなさい」って言いながら、なるべく綺麗な箱に入れて、誕生日のお嬢様に贈ったんだって。お誕生会では、見たことも無いようなケーキや御馳走が出て、みんなお祝いムードで幸せだったって。お嬢様が、みんなから貰ったプレゼントを一つ一つ開け始めると、親は逃げ出したかったって。あんまりプレゼントが多かったから、親のプレゼントは晒される事なく済んだって。お家に帰ると、親は親にお仏壇の子犬の事で怒られるかもしれなかったけど、もうそんな事はどうでも良かったって。ただ、子犬を失った親犬を見ると申し訳なかったって。その話を聴いて、わたしは親に言ったの。親犬も一緒にあげれば良かったかもねって。子犬だけならバレないと思って、わたしも子供だったからって、親は笑ってた。

 

 


「みんな悪くない」

 

 

 

わたしはオペラ。中学生だった頃、猫を貰いに行ったの。街で張り紙を見て、電話をかけて。そしたら、その方のお家、とても小さなお家でね。その小さなお家の前に出て、その方はわたしを待ってた。赤ちゃんを背負っていて、髪が長くて、痩せた方だった。その方はわたしを見ると、目を輝かせて、猫がどんなに素晴らしいか話しながら、お家に招き入れてくれた。お家の中は晴れた昼間なのに暗くて、その暗い部屋の奥から男の人のイビキが聞こえた。イビキが聞こえる方へ目を凝らすと、襖から生えたみたいに男の人の足が見えた。その足を飛び越えて、三人の小さな女の子がわたし達の方へ走り寄って来て、きゃあきゃあはしゃいだ。赤ちゃんを背負った女の人が、猫はお風呂場にいると言いながら、お風呂場の扉を開くと、猫が五、六匹飛び出して来た。赤ちゃんを背負って、小さな子供達に纏わり付かれながら、女の人が必死の形相で猫を捕まえようとしていた。猫はみんな痩せていて、殺気立っていた。女の人が、やっと捕まえた猫をわたしの胸元に押し付けながら、良い猫が入ってるから、綺麗でしょ。お金とは言いません。ですけどね。皆さん、何か下さいます。要らないんですけどね。皆さん、色々とくれますと、いうような事を言い募った。わたしは怖くなって、もう一度よく考えますと、やっとの思いで返し、立ち去ろうとした。女の人の目が険しくなって、酷い事を言った。猫の方へもわたしの悪口を言った。わたしは、女の人の腕の血管が、奥の部屋から響くイビキが、キッチンをジャングルジムのようにしてはしゃぐ小さな子達が、女の人の背中の赤ちゃんと捕まえられている猫が段々とぐったりしてくるのが、すべてが怖くて、居ても立っても居られず、逃げ出してしまった。女の人が凄い勢いで、裸足のまま追いかけて来た。何か大声で喚いていた。わたしはその後、二週間ほど、ほとんど何も食べられなかった。自分が嫌だった。怖かったのでは無く、悲しかったのだと今では思うの。

 

 

 


だけど魔法はある。それがあるって事だけは分かる。わたしはサカナ。

 

 


それでも魔法はある。わたし達が今、自分で感じながら生きている事。わたしはオペラ。

 

 

 

愛。分かれていない。愛。オペラとサカナとあなた。