冬の一角獣

真城六月ブログ

孵化の傷

 

 

子供の頃、女の子達の間で流行りの遊びがあった。それは遊びと呼ぶにはあまりにも趣味が悪く、罪深く、低いことがらにあってもまだ低いといったもので、許されて良いものではなかった。それは仲の良い友達を傷つけるというものだった。互いに傷つけあうことに夢中になり、趣向は様々に凝らされた。九歳くらいの頃のことである。

 

 

 

ある子は、ある子に「その髪の結び方はおかしい。幼稚園生みたい」と言った。言われた子は真っ赤になりながらも「毎朝、お母さんが結ってくれるから」と言い返した。「あんたのお母さんも変」「お母さんが結ぶから、わたしのせいじゃない」「変なの!」変だ変だと責め立てられた女の子は、お母さんが結ってくれる髪を恥ずかしく感じだした。朝に玄関を出ると、お母さんに見られないように髪を解いて学校へ行くようになった。帰ってくるときは、苦心してまた結び、体育で乱れ、結びなおしたなどと言い訳をした。女の子はお母さんを裏切っているような気がして後ろめたかった。女の子はだんだんと口数が減っていった。

 

 


ある子は、ある子に手紙を書いた。それを渡す前に、よく書けているか他の子達にそれを見せた。その手紙は「わたしはあなたがきらいです。あなたのぜんぶがきらいです」という書き出しで始まっていた。それを見た女の子達は、あまりにひどい言葉の数々に驚いて顔を白くした。「ほんとに、これを渡すの?」「そうだよ。よく書けてるでしょ?あの子、傷つくかな?」「泣いちゃうんじゃないかな」「読ませるのが楽しみなの」女の子達のうちの一人がおずおずと訊いた。「なんで、こんなこと書くの?なんで嫌いになったの?」手紙を書いた女の子は訊ねられてむっとした。「あんた、あの子の味方なの?」質問した女の子は謝った。何故謝るか分からないまま。手紙は渡され、受け取った子は一人で俯いたまま席に座っているようになった。

 


そんなものがどうして流行っていたのか。女の子達は忙しかった。学校が終わると習い事や塾へ通った。ある子は喘息だったし、ある子はいつもしきりに目を瞬かせていた。ある子は飼っていたモルモットに死なれ、ある子は妹が産まれたばかりだった。女の子達はテストの点数を競い合った。お家の広さを競い合った。お父さんの偉さを、お母さんの美しさを、自分の目の大きさを、足の長さを、声の高さを、次の休みに出かける旅行先を比べ合った。女の子達の秘密は日毎に増えていった。女の子達は占いの本を見たかったのに、ピアノを弾かなくてはならなかった。女の子達は休み時間に校庭の隅で蟻を踏んだ。小さな枝で蟻の巣を壊した。教師に提出する日誌には、毎日が感謝することをわたしに教えてくれます。と書いた。誰にも見せないノートには好きな子の名前を書いた。その名前を見るたびに女の子の背丈は伸びた。