冬の一角獣

真城六月ブログ

笑う夏

 

 

七月になりました。

 

 

今年は六月からとてもとても暑い日が続いています。あんまり暑いと何をしたわけでもない日も暮れる頃には疲れていたりするものです。そうして、疲れているからすぐにもぐっすりと眠りたいのに、また暑い夜なものですから、いつまでも眠れずにいたりします。

 

 

西瓜を齧ったり、檸檬の輪切りと蜂蜜を炭酸水に入れて飲んだり、好きな音楽を聴いたり、暑い夜を越える為の努力をしている時、ふと可笑しく思える瞬間があって、あんまり暑い空気を窓の外に首だけ出してわざと浴びて笑ったりすることもあります。それは、生き物としての命が勝手によろこぶ感じです。なんでも、どんなときにもたのしむことを忘れたくないものです。

 

 

 

ある夜は、こんなに暑いならと、シェイクスピアの『夏の夜の夢』を読んでみようと本棚を探しました。案の定、見つからず(読みたい時に読みたい本が何故かすぐには見つからない呪いにかかっている我が書棚故)代わりに手に取ったのは、同じくシェイクスピアの『お気に召すまま』でした。求めていた本では無いものの、とてもたのしい作品なので、読むと必ず気が紛れます。特に気に入っている部分がありますので、紹介します。本当に可笑しくて、お気に入りです。

 

 

 

第三幕第二場

 

 

オーランドーとジェークイズ登場。

 

 

ロザリンド   あの人だわ。そっとかくれて見ていましょう。

 

ジェークイズ   おつきあいいただいてどうもありがとう、もっとも、実のところ、一人にしておいてもらったほうがさらにありがたかったが。

 

 

オーランドー   同感です、だが、礼儀上、私もおつきあいいただいてありがとうと申しておきます。

 

 

ジェークイズ   ではご機嫌よう、またお会いしよう、できるだけたまに。

 

 

オーランドー   今後ともどうか、よろしく、他人のままでありますよう。

 

 

ジェークイズ   あなたにお願いしたいのは、これ以上樹の皮に恋歌など刻みつけて樹を傷つけないでほしいということだ。

 

 

オーランドー   あなたにお願いしたいのは、これ以上へたな読みかたをして私の詩を傷つけないでほしいということです。

 

 

ジェークイズ   ロザリンド、というのがあなたの恋人の名前でしたな?

 

 

オーランドー   そのとおりです。

 

 

ジェークイズ   どうも気に入らない名前だ。

 

 

オーランドー   あの人が名前をつけられたとき、あなたの気に入るようにということは考えなかったのでしょう。

 

 

ジェークイズ   背の高さは?

 

 

オーランドー   このときめく胸のあたりです。

 

 

ジェークイズ   なかなかしゃれた返事をなさる人だ。金細工師の女房とでもお知り合いかな、指輪に刻む文句をよくご存知のようだが?

 

 

オーランドー   そうではありません。壁掛けに記されたありふれた文句からお答えしたのです、あなたもそのあたりにご質問の種を捜されたようなので。

 

 

ジェークイズ   打てばひびくとはこのことだ、その回転の早い頭は駿足をうたわれた美女アタランタの踵でできているとしか思われぬ。どうだろう、ここにすわって、二人で世間というわれわれの女主人やわれわれの不幸にたいしておおいに悪態をつこうではないか。

 

 

オーランドー   この世に生を受けているものは虫けら一匹責める気にはなりません、この私自身は別ですがね、なにしろ欠点だらけの男ですから。

 

 

ジェークイズ   あなたの最大の欠点は恋をしていることにある。

 

 

オーランドー   その欠点をあなたの最高の美点とだってとりかえたくはありません。もうあなたの相手をするのはうんざりしてきた。

 

 

ジェークイズ   実を言えば、先ほど阿呆を捜していたらあなたにぶつかったのだが。

 

 

オーランドー   阿呆なら川でアップアップやってますよ、のぞいてごらんなさい、見えるはずだ。

 

 

ジェークイズ   川をのぞいて見えるのはこの私ではないのか?

 

 

オーランドー   つまり阿呆でしょう、もっとも中味がゼロだとなんにも映らないかもしれませんがね。

 

 

ジェークイズ   これ以上あなたと話しあうのはごめんだ、ご機嫌よう、シニョール・恋愛病。

 

 

オーランドー   お別れできて嬉しく思います、さようなら、ムッシュー・憂鬱病

 

 


ウィリアム・シェイクスピア『お気に召すまま』より。

 

 

 


どういうわけか、このやり取りが好きで、読むと必ず笑ってしまいます。暑さも日常にある不安もそのままに、ふっと笑うことのできる自分はなかなかに能天気で極楽トンボなのかもしれません。いつになっても人に可笑しさを与えてくれるシェイクスピアには、美しい悲劇を書いたことだけにとどまらないずっと広い偉大さを感じます。

 

 


夏は怖い話の合間に笑える話も良いですね。笑うのは夏だけではなくいつでも。


またね。