冬の一角獣

真城六月ブログ

ふるえる水面

 

 

どこかで誰かが同じ仕草をしている

 

いま

 

まったく同じタイミングで右手でドアを開けている

 

 

それを感じた

 

 

 

 


短い眠りから覚めてほとんど意識がはっきりしない二十分ほどの間に次から次へと言葉がとめどなく胸と頭を流れることがある。

 

完全に目覚めている(と、信じている)時にはそれらは見えない。知ることも出来ない。だから稀にしかそれは無い。

 

それはどこからくるのだろう。どうして半ば眠りの中にある時にあらわれるのだろう。

 

ずっと長い間、あったものが沸騰しているようにも感じられ、鳥肌立つこともある。

 

しかし大抵はうれしい。どんな力も意識的には使わずに言葉が額に触れるのはどうにもならない心地がする。

 


再び深く眠り、目覚めたときに同じ強さで言葉は残っている。イメージははっきりとして深く余韻がある。

 

それから得るものをわたしは信じている。

 

 

 

 

 


どこかで誰かが同じ仕草をしている

 

いま

 

 

まったく同じタイミングで右手でドアを開けている

 

 

それを感じた