冬の一角獣

真城六月ブログ

誰もあいつを思い出さない【創作】

大きな商店街の小さな揚げ物屋の猫です。

俺は巨体でしましまです。とても強くてかっこいいです。皆もそう言います。その通りだと思います。

夕方までは面倒くさいのでごろごろしています。お客さんは時々、寝転んでいる俺を見て可愛いとか言います。可愛いだなんて少し傷つくのでやめてほしいです。

日が暮れる頃、散歩に出かけます。

縄張りに異常が無いかを確認したり、虫を追い回したり忙しいです。

一通り見回りを終えると、はずれにある薬局の隅に出してあるバケツに水を飲みに行きます。いつも、そこに行くと水があります。喉が渇いている俺はそこでゆっくりとひと休みします。

水を飲み終えると、俺は座ったまま、薬局の入り口のところを見ます。そこは、あいつのいたところです。あいつはもういません。あいつは死んでしまいました。痩せっぽちだったし、年寄りだったからかもしれません。

あいつは俺の良いからかい相手でした。薬局と中にいる婆さんを守るつもりか、あいつはいつもあそこにいました。俺はまだガキでいつもあいつに意味もなく挑みかかったりしていました。俺は自分を馬鹿だったと思います。

ある時、はずみで俺はあいつの目を傷つけてしまいました。酷い怪我でした。中から婆さんが出てきて、俺を凄い形相で追い払いました。俺は怖くなって逃げ帰りました。世界は真っ暗で、心臓がバクバクしました。薬局の婆さんが後から来て俺の揚げ物屋に文句を言っていました。俺は奥に隠れていました。俺の揚げ物屋は何度も頭を下げて謝っているようでした。婆さんが帰った後、俺の揚げ物屋は俺を叱りもせずに頭を抱えて座っていました。

次の日、あいつを見に薬局に行きました。俺の揚げ物屋が薬局に何かを持って謝りに行った後に行きました。俺はいつもよりずっと離れたところから入り口を見ました。あいつはいませんでした。婆さんもいませんでした。俺は怖かったです。

毎日薬局に行きました。ある日、いつものところにあいつはいました。左の目が変になっていました。ぎょっとしました。俺は少しビクビクしながらバケツのところに行きました。あいつは俺を見ても無表情でした。俺は水を飲むふりをやめて、あいつの近くに行きました。あいつはやっぱり静かに頑固そうな顔つきをして座ったままでした。俺は、ごめん。と思いながら隣に座りました。中から婆さんが出てきて、凄い剣幕で俺を追い払いました。俺は逃げ帰りました。

それから何年も毎日、あいつのところへ行きました。もう喧嘩もしませんでした。婆さんも怒らなくなりました。ある日からあいつは急にいなくなって、婆さんが俺を見下ろしながら、あいつは死んじゃったよ。と教えてくれました。

でも、毎日夕方になると俺はきまって薬局の入り口を見に行きます。最近では誰もあいつを思い出さないようです。婆さんは俺をやっぱり撫でません。この婆さんと俺は夕暮れの薬局で退屈しています。