冬の一角獣

真城六月ブログ

X へ

 

 


初めにおことわりしておきます。これは夜に書く手紙です。

 

 

 

時折ふと、あなたを思い出します。あなたは少しも素敵にならず、素晴らしくもならず、あなたのままで蘇ってきます。あなたの訳の分からない矛盾した態度や言動をそのまま思い出します。様子や仕草は必ずしも美しくならず、意味を後付けすることもなくあなたは胸に訪れ、好き勝手に振る舞います。

 

 


数えてみるとあなたを知ってからずいぶん時が経っています。初めて知り合った頃、考えてみればあなたは最初からあなたでしかなかった。わたしは激しやすい情熱家で黙りがちで不機嫌で、そして今と同じように孤独でした。ほとんど真逆、正反対にあなたは朗らかでした。天真爛漫で柔らかく、行動的、利発で快活でした。

 


ここまで書いて、わたしは疲れてしまいました。だってあなたは全然違う。わたしも別人です。誰のことを言っているのか、これでは的はずれ過ぎて、書く意味が失われてしまいます。言葉で一人の人間を、特に少し知っているつもりの人間を、複雑怪奇な、迷宮のような、宇宙でもあり、また状況によって刻々変化する表情を持つ人間を、愛する誰かを説明しようとすることの不可能に気づき、辛くなりました。どうやら、この手紙を書く手に期待しすぎてしまったみたい。上手くいかない理由は、ひょっとしたら薬指が少し歪んでいるからかもしれません。

 

 

 

良いでしょう。それでは、このおかしな指で、歪んでいるからこそ書けることを書きましょう。

 

 

 

 

あなたがわたしに特別なのは、あなたが常に類を見ないほど素直で直接的であったことが最も大きな理由になると思います。あなたは剥き出しで、屈託がなく、飾ったところのない人でした。物言いはいつも直球で唐突でした。わたしはあなたから沢山のショックを受けました。あなたには建前や処世としての愛想が全く欠如していました。自分をより以上に見せようとか、またそれとは逆に卑下したり、自虐に走ったりすることも皆無でした。

 

 

それから、あなたは視野の広い人でした。あなたはいつも周りにいる多くの人を公平に気にかけていました。あなたは痛々しいくらい優しい人で、わたしはあなたのようなあたたかさを持っている人を他に知りません。先走りました。これでは褒め過ぎと嫌がられても仕方ありません。あなたならこう言うでしょう。


「誰のこと?嘘臭い奴だね」

 

 

 

そう。あなたは嘘みたいな人でした。徹頭徹尾わかりやすく、甘苦しく、少しも躊躇わずに人に優しくする人でした。あけすけに好意を示し、全身を投げ出して人を庇うのがあなたでした。

 

 

 

 

知っていることしか思い出せないけれど、他の人達もあなたをこうして思うのでしょうか。その人、一人一人の中の明るい愚かな優し過ぎるあなた。そのあなたから受けた優しさを誰かもこうして思うでしょうか。思うなら、思ったところから傷にしみる消毒液の匂いがして、唇の端がわずか、くっと持ち上がるはずです。あなたのしたことは悉くそういうことでした。

 

 

 


いつでしたか、何度かそんなことはありましたが、あなたは夜更かしのわたしに合わせて、いつもならとっくに寝入っている時間に連絡をしてきました。眠そうな声で、しょっちゅう呂律が回らなくなる不明瞭な発音で「暇だから付き合って」と言うのでした。決まってあなたはわたしに、今夜は何時頃に寝るつもりなのか尋ねました。わたしが無愛想に「分からない」「決めていない」と言うと、困ったように「三時頃?」などと適当な時間を出して、「たぶん、その頃までには」とこたえるわたしに、自分もそれまで喋って、その頃に寝ようなどと言うのでした。そうして、とくに用は無いと言いながら、なにか困ったことはあるかと訊いてくるのでした。困ったことは無いとこたえると、今度は、必要なものはあるかと訊いてきました。恋人でもなく、ただの友人であるわたしに対して、あなたはこの有様なのでした。わたしは手に入らないに決まっているものをしかこたえられませんでした。つまり、あなたがそれを得るために少しも苦労を払う意味がないようなもの。それまでに、あなたがなんとか、なんとでもして相手の欲しがっているものを用意することをわたしは学んでいました。手に入らないに決まっているものを欲しがられたあなたは真面目な調子で「それは出来ないかなあ」と言いました。こんなときには、いつもの笑いが止まるあなたなのでした。

 

 

 

 


わたしはあなたと一緒にいるとしあわせでなにも少しも不安に思いませんでした。これは間違った状態なのかもしれませんが、楽しさは極まれば危険なものに決まっていますから仕方がありません。あなたは、あなたは果たして本当に楽しかったのでしょうか。いつも夢中になれていましたか。今も気楽そうに大きな声であなたのわたしを呼ぶ声が聞こえます。誰といてもなにをしていても大急ぎであなたのもとに走って行った気持ちを思い出すと、もう再びはあんな風に誰かとただ無意味に無邪気に他愛無く遊ぶために走って行ったり出来ないと可笑しいような寂しいような気持ちになります。

 

 

 

 

あるとき、あなたに尋ねました。あなたは人気者でしょう?と。あなたは困った顔になって言いました。あのね、ごめんね。かなり嫌われてるよ。

 

 

どうして?
知らない。怖いって。
怖い?なんで?
知らない。はっきり言うからかな。
わかんないな。
ごめんね。

 

 

あなたはあのとき、何故謝ったんでしょう。わたしが傷つくと思ったんですか。わたしはただ驚いただけでした。傷ついていたのはあなたでした。あなたは昨日大喧嘩した相手の為に今日は知られぬように東奔西走するような人でした。いつもそうでした。さっき裏切られたばかりなのに、また新たに人を丸ごと受け入れていました。あなたはいつもめちゃくちゃに人を愛していました。

 

 

 


こんなこともよくありました。わたしが言おうとしていることを言えずにいると、あなたがあっさりそれを言葉にする。これは度々あったので、そのうちに別に驚くことも無くなってしまいました。今ではそれが、ありふれたものでないことが分かるのに。なにも分からずにいつも簡単に無造作に贅沢をしてしまっていたんですね。勿体無いことをしていたように思います。それでも、あの頃の自分にその貴重さがはっきりとは分からなかったから、終わらない楽しみになったのだとも。

 

 

 

あなたはよく笑う人で、よく笑わせる人でした。サービス精神過剰で命をすり減らして、痩せていました。もう少し肥らないと怖いくらいに。

 

 

 

 

あなたは大勢の人の前で堂々とわたしを大切に扱ってくれました。敵対する人の話をすれば、話し終える前に相手のところへすっ飛んで行きました。自然体で思うまま言動するあなたをいつも周章てて時には制しようと必死になったりもしていたわたしは全く友達甲斐の無い愚か者でしたね。

 

 

 

長い期間を置いて久しぶりに会うとき、ぎこちなくなっているこちらを全く気にしない様子で昨日の続きのように笑いかけてくれました。新しく最初からいつも懐かしい人それがあなたでした。

 

 

 

 

あなたのことを書いていると、まるで自分の自慢話を際限なくしているような気持ちになります。わたしは全然、あなたの友情に値しないのに。それに、あなたは近しい人なら誰であろうとそんな風に扱っていました。だから、あなたにとってわたしが特別なのでは決して無く、わたしにとってのあなたがそうであることを書いているつもりです。

 

 

 

 

 

なにせ、思い出は一つ一つ些細なもので、掬い上げればきりがなく、ただただそのときのよろこびやうつくしさが自分の内側だけでさざめく笑い声に包まれるばかりです。

 

 

 


いま、こうして送り届けられることの無い手紙を書いているとあなたの際立った明るさとかなしさが記憶の中でいっぱいに溢れかえり、涙とも笑いともつかない震えになって頬も目蓋も痛むようです。

 

 

 

初めにおことわり申し上げました通り、なにせこれは夜に書いた手紙なんですから、あなたを笑わせたり、懐かしがらせたり、また疲れさせたりするのに十分な温度を備えてさえいてくれれば歪んだ指も幸いです。

 

 

 

 

可笑しな傑作な優しい人に誰にも言うありふれた言葉を贈ります。ありがとう。