冬の一角獣

真城六月ブログ

光年レストラン

 

 

シェフはわたしが苦手だった。両親に彼女と話すのは緊張すると言っていたらしい。

 

 

そのレストランはもう無い。

 

 

家族でよく通った。そこは小さな寛げるフレンチのお店で、とてもカジュアルな雰囲気なのに料理はどれも本格的で美味しかった。そこでわたしは初めてエスカルゴを食べた。父が注文したものから分けてもらい、気に入った。シェフは厨房から身を乗り出して、鋭い目を見開いてわたしを見た。「それ、なんだか知ってる?」次々頬張るわたしに意地悪く尋ねてきた。直感的におかしなものを食べてしまったのだと悟り、少し動揺した。父に尋ねても教えてくれない。わたしは怒って黙り込んだ。もともとほとんど食欲が無く、いつもあまり食べなかった自分が珍しく食べたのに、恥を感じて落ち込んだ。「カタツムリ」シェフがお皿を指差して言った。父は食べさせたくせにオロオロしてわたしの顔色を見た。取り乱すことを極度に嫌っていた硬派なわたしは、平静を装った。「カタツムリって美味しいね」子供は負けたくないものだ。

 

 

 

家族が食べている間、あまり食べないわたしはいつも退屈になった。店の隅々まで見渡したり、シェフの可愛い奥様とお話ししたり、それでも時間をやり過ごすのは難しい。ぼんやりとカウンターテーブルにもたれかかっていると、小さなレモン色の虫が茶色の木目を歩いているのを見つけた。ゆっくりとレモン色は移動していた。わたしはそれをつまんで手のひらに乗せた。手のひらのレモン色を見ていると、厨房のシェフがおしぼりの入っていた細長いビニール袋をくれた。「捕まえたの、入れてごらん」わたしは店中探し回ってレモン虫を集めた。あちこちにレモンはいた。四匹か五匹。わたしは楽しかった。帰るときに、集めたレモンをドアの外の道に逃がした。

 

 

 

それからは、そこへ行くたびいつもレモン捕り。たまに他のお客さんのテーブルの下に潜り込み、足もとにしゃがみ込んでまで捕ったので、両親に叱られた。シェフはわたしがあまり熱心にレモン虫を集めるので、恥ずかしそうに「虫だらけだな!」と言った。

 

 


あるとき、レモン虫が何匹か入ったビニール袋を持って、うろちょろしていると、お客さんの女性が「なあに?それ。嫌だ。虫?あなた、もうお姉さんでしょ?ちゃんとお席に座っていなきゃ」とわたしに言った。

 

 


次にお店へ行ったとき、わたしはもう自分の席を立たなかった。シェフはわざわざそばへ来て「こっち。ほらほら。いるよ」と戯けて誘ってくれた。わたしは、硬派から嫌な子供へ変身していたので首を横に振った。「もういいの」「なんで?いっぱいいるよ。レモン虫だよ。捕らないの?」「捕っても捕ってもいるからもういい。マスターが捕れば良いじゃん」シェフは気まずそうだった。子供は優しくなかった。

 

 

 

 

 

だんだんとそこへ行く頻度は減り、今ではそのお店は無い。シェフも奥様もいない。あそこへ行けば、お店があったところへ行けば、レモン虫はまだいるだろうか。お店があった路地を曲がる道を覗くとき、自分は料理以外もぜんぶ食べたのだと分かった。ごちそうさまでした。