冬の一角獣

真城六月ブログ

淡いもの

 

 

 

晴れた日  昼間  コンビニエンスストア店内

 

 


小さな王様を乗せたベビーカーを押す王様のパパらしい人は立ち止まり、棚の商品を見ていたから、わたしはパパにバレないように王様と目を合わせる機会を得た。わたしは少し離れたところから、王様に戯けてあっかんべーをした。王様は大変喜ばれた。王様は冗談のお好きな方のようだった。パパにバレてはいけないので、きゃっきゃと笑い、盛り上がる王様からわたしは姿を隠した。

 

その後、わたしも買い物をしながら、レジに向かって歩いていると、また向こうから王様のベビーカーを押し、先ほどのパパが歩いてきた。ベビーカーの中で小さな王様はわたしを発見し、かなり大きな声で「べえぇっ!」と仰りながら、あっかんべーをされた。王様は仕返しを忘れない方だったのだ。あんまり可笑しくて笑うわたしと王様を見て、パパは驚いた様子。べえっ!とし続ける息子に「こら、駄目。なんでそんなことするの?だめ!」などと叱った。わたしにも「すみません。こんな真似した事無いんですけどね」と困ったように謝った。いいえ。悪いのはわたしです。ごめんなさい。小さな王様とわたしは瞬間、気の合う秘密の友情を交わしてしまったのです。それにしても、本当になんてあかるい素敵な王様だったでしょう。

 

 

 

 

 


薄曇りの日  夕方  公園通り

 

 

誰もいない公園はだれかを待って、空っぽな様子がミントソーダの香りをさせている。遊具も待ち惚けをくって、マーマレードのように蕩けて。夏蜜柑の皮を爪でひっかいたのを忘れて、昼寝から目覚めた後の指の素晴らしい残り香。砂があるのに波が無いなんて不思議なところね。公園は。

 

 

 

 

 

空気が乾燥した夜  待合室

 


何度読み直しても同じ内容の貼紙を見つめる。手すりがつけられた壁、長い廊下。冷めたミルクティーの入ったペットボトルを温めてやるわたしの手。熱帯魚が閉じ込められた水槽。必要も無いのに鞄の中身を確認し、自分の身元を確認する。初夏もこうしていた。秋も。今は冬が終わる。読み直しても同じ内容の貼紙を読む。「よく手を洗いましょう」「手洗いの徹底」「じゅうぶんに洗い流そう」読み直すほど意味が不明瞭になっていく。ここにマラルメの詩行が貼られていても驚かない。

 

 

 

 

 

はやまる夜明け   窓

 


薄明、未明。かねて聞く通り、信じている通り、そこからは当然うつくしいものがやってくるはずだ。自由な人々の窓から囚人の窓から平等に夜明けは射し込むだろう。しのびこんでくる光はもっとたくさんしのびこむと良い。昨日の闇が濃ければ濃いほど眩しく目を痛くすれば良い。冷たい部屋の中を温める陽だまりをつくり、疲れた頬を照らすと良い。新しい日を連れてなにかうつくしいものを胸に運びいれる。朝のあかるさにいつも驚かされる。かなしみをかなしんだ後のそれを燃やして上る煙のような雲が浮かぶ。夜明け。