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冬の一角獣

真城六月ブログ

小さな鈴が鳴る

夜の長さをよろこびながら真っ暗な空に光る月を見上げながら窓から出した頭は冷たい空気に包まれてなにかどうということもなくしあわせです。


通っている喫茶店では小さなツリーが飾られていて、いつも座る席から近くよく見えます。去年はそこに赤鼻のトナカイがいました。店内にはクリスマスソングが流れています。紅茶はいつも信じられないくらい良い香りです。


十二月について色々と思いを巡らせてみました。

 

ジョゼフ・コーネルの十二月。かなしい十二月。やさしい十二月。たのしい十二月。うれしい十二月。困惑の戸惑いの躊躇いの十二月。もどかしい十二月。くるみ割り人形の十二月。初めての十二月。最後の十二月。息の白い十二月。赤いリボンの十二月。不安な十二月。お別れの巡り逢いの十二月。大島弓子の十二月。猫の十二月。歌の十二月。シナモンのジンジャーのトルーマン・カポーティの十二月。淋しい十二月。焼き栗のホットレモネードの十二月。梶井基次郎の十二月。長い短い怖い十二月。鐘の鳴る十二月。サリンジャーのメリーゴーランドの十二月。とっておきのコートの慌てて引っ張り出したような一張羅の十二月。

 

振り返ると随分あたたかな十二月を過ごしてきたように思います。特別なことはなくても、ひどく寒くても十二月はいつもあたたかでした。最近、それはもしかしたらとてもしあわせなことなのだと気付きました。ひどく脆いものの上にあり得ないほど長く多く幸運が続き、成り立って来たのだと思いました。もったいないほどです。痛みで出来た思い出はありますが、どんなに忙しくても、いつも夢見るように十二月を好きです。小さな子供がしあわせならたぶん十二月を好きなようにわたしはまだ十二月がうれしいみたいです。しつこい果報者です。まだずっとうれしいみたいです。

 

起こったかなしいことは無かったことになりませんが、起こったうれしいことも無かったことにはなりません。今も自分を苦しめる痛みと同じくらい今も自分を支えるよろこびのあったことを忘れずにいられたらと思います。

 

 


ポインセチアシクラメンを見ましたか?今年もお花屋さんがとてもきれいです。毎年驚きます。

 


またね。