冬の一角獣

真城六月ブログ

通奏低音

 

 

きっと物語の中にいると物語の外を思わないはずなのにいつも物語の外から物語の中を思っているのです。

 

 

帰りたい帰りたいというけれど何処へとは誰も一度も言わないのでした。随分遠くへ行くおつもりのようですね。

 


帰りたくないと歌う人もいます。帰れないと書く人も帰らないと誓った人もたくさんの思いが含まれる酸素の薄いここが物語の外でしょうか。

 

 

逃避する方法を身につけた人から先にベッドで眠ります。順番待ちをしてばかりのわたしたちは立って夢見る奇妙な生き物のはずなのに珍しくなくありふれたものです。

 

 


見つからないものがあるというよろこびが朝に靴を履くときの痩せるような慄きをもたらしわずかに残した食卓の椀には二度と飲めないスープが。

 

 

 

夕焼けの頃ものの輪郭が切なくなるのに堪らずに駆けてもいくら駆けてもそれでもやはりどうしても陽が落ちるのは不思議だと行き止まりの無い繁華街で容易には転べないことをつまらなく恥ずかしく膝を擦りむきたく身体をつまらなく淋しく。

 

 


いつも一番好きなぬいぐるみは押入れにしまってあるから抱けないのでしたいつも。

 

 

 

後ろに向かって歩く人にぶつかられないように早く追い越してしまいたいのに何度も繰り返しすれ違うここは物語の外のはずです。

 

 


あの人はわたしたちよりも前に並んでいました。あの人までで品切れになったのでわたしたちは何も手に入れられませんでした。けれど待っている間あの人はわたしの話に頷いてくれました。わたしはわたしの好きな人の首にかかっている飾りをかなり妙だと言いました。わたしは妙な飾りをわざわざ首にかけている好きな人を大好きなのだと言いました。あの人はよく分かると頷いてくれました。

 

 


秋は赤いのでしょうかカーテンを新しいものに替えました白いレースに襞がたくさんです秋は赤いのでしょうか。

 

 

 

過ちがどこにあるか知ろうとしてベランダの鉢植えに触りながら遥か遠く及ばない世界の隅々の果てにまで一度も読まない物語の一行一行が一語一語が無数に繁り枝葉を伸ばしていくざわめきを聞くように狭い身体の内側から手を差し出して掴めないすべてで咽喉までいっぱいになってしまいます。

 

 


これはひとつの物語からその他の物語を求め続け焦がれ続けるという物語なのかもしれません。

 

 

 

そうしていつもどこか近いところで小さな軽い玩具が揺すられるような幽かな音を立てています。