冬の一角獣

真城六月ブログ

食べることの岸辺

ときどき、最後の晩餐は何が良い?なんて質問を見たり聞いたりします。晩餐という言葉から思い浮かべられるような豪華で贅沢なものを答える人は案外いないもので、日頃からの好物を望む声をよく聞くように思います。

 

最後に口にするものなんて選べないであろうものですが、そんなこと言っちゃおしまいなので、叶わぬことにあれやこれやと願いを込め、思い巡らすことでわたしも遊びます。

 


次々とさいごに口に入ってほしい食べものが思い浮かびます。

 

 

チーズ、お豆腐、ほうれん草のおひたしさくらんぼ、あんず、ふりかけのおにぎり、ミネストローネスープ、マッシュルームスープ、カブのお漬物、アボカドのわさび醤油和え、高菜とツナのパスタ、メロン、お蕎麦と蕎麦湯、なめこのお味噌汁、練乳のかかったかき氷、シナモンがどっさりのアップルパイ、茄子の味噌炒め、生姜をたっぷり使う金目鯛の煮付け、粗挽き胡椒をうんと効かせたジャガイモとミックスベジタブルの炒めもの、梅のゼリー、卵焼き。

 


数えればきりがありません。好きな食べものを数えながら、いつから自分はこんなに食いしん坊になったのだろうと不思議に思いました。わたしは食の細い子供でした。ほとんどなにも食べない、強いられるまで欲しがりもしない痩せっぽちの子供でした。そのことで親を散々悩ませました。学校へ行くようになってからも、食べないのに変わりは無く、給食を食べるお昼は辛い時間でした。最後まで全く手をつけなかった給食を前に、教師に叱られては毎日泣いていました。

 

そんな面倒くさい子供でしたが、中学三年のある日、突然猛烈にお腹が空きました。生まれて初めてお腹が空くという感覚に驚きながら嬉しかったのを憶えています。これか!これがお腹がへったということなんだ。やった。今ならなんでもたくさん食べられる。そう思い興奮しました。その日のお昼は得意でした。配られた給食を平らげ、おかわりまでしました。クラスメイトは唖然としていました。わたしは得意でした。

 

 

その中学三年の空腹の奇跡とでも名付けたい記念すべき日以来、わたしはよくものを食べる人間になりました。どんなことでもこのように一転することがあるのだろうと思います。

 


このように全然食べない人生から脱却できたことを今でもまだ新しく幸せに思っています。

 

 

食べものを食べるということはすごいことですね。美味しい好きな食べものはあたたかな気持ちにさせてくれますし、自分の内でなにかが回復していくのを感じたりもします。

 

母がいつも教えてくれたことの意味を最近になってようやく分かるようになりました。母は、どんなに嫌いな人でも喧嘩をしている相手でも一緒にいる人がお腹がへっていたならば何か一緒に食べなさい。とよく言いました。ある分は必ず分けなさい。相手の方がお腹がへっていたら、あなたの分をあげてね。と。子供の頃は、どうして悪い人に食べものをあげなくてはならないか分かりませんでしたが、お腹がへっていることの苦しさはその人が悪いことと関係が無いからということのようです。お腹がへっていることは辛いことだから誰かのお腹がへっていたら喧嘩も過去も一旦置いて、食べさせなくてはと教えてくれました。

 


思い返せば怒っているとき、プリンを食べると自分を醜く、くだらなく、情けなく思いました。悲しいとき、焼き芋を齧ると肩の力が抜けました。傷ついているとき、お味噌汁を飲むと泣きやすくなりました。眠れないとき、ホットミルクを飲むと夜明かしを愉しく思いました。

 


とくに調理の必要も無い旬の果物などは、ブラボー、自然って凄い、樹々は偉い、地球ってこわい、人々のひたむきさがつくるもののうつくしいことと季節を感じながら讃えるばかりです。

 

 

好きなものを頂くときは、生きているのだな、美味しいなと感じながらなにかが回復していくのでした。

 


そんなこんなでありますので、食べものを食べられることはすごいこと。口に入ったものがその人の心や身体を成長させたり、回復させたりすることはすごいことと思います。

 


わたしは最近、人を知っていくとき、この人の差し出すものを安心して食べられるかしらと考えたりします。食べられる!と即座に思える人をわたしは好きなのだとそんなことに気づきました。よくよく勝手な話ですが。好きな人達には、わたしから差し出すものを安心して食べてもらえるように願うばかりです。

 

 

話がかなり脱線しました。さいごに口に入ってほしいものの話です。

 


現時点でのわたしの希望は、茶碗蒸しです。ただ好きだから、どんな体調のときも食べられるからというのが理由ですが、面白いことがありました。母に聞けば、わたしの最初に食べたもの、つまり離乳食は茶碗蒸しだったそうです。

 

 

皆さんの一番食べたいものはなんですか。それは、もしかして皆さんが最初に食べたものではないでしょうか。なんてね。

 

 


またね。