冬の一角獣

真城六月ブログ

オペラとサカナ 【創作】

 

 

オペラという女が林檎を磨いていると傍で寝そべっていたサカナという女の電話が鳴った。

 


ショパンの別れの曲だ。オペラは林檎を磨く手を止めず、出ないの?とサカナに声をかけた。出ない。即答してサカナは壁の方へ寝返りを打った。

 

 

 

 

着信音は止まり、二人はほっとしてそれぞれ内側に潜っていこうとした。

 

 

 

 

再び別れの曲が鳴り響きだしたとき、オペラはサカナに声をかけるのを億劫に思い、聴かないふりをしようとしたが、林檎はハンカチの中を逃げそうに滑った。オペラはサカナの背中を睨みつけた。オペラはサカナを恨んだが、意地っ張りなので声をかけなかった。せっせと林檎を磨いた。

 

 


微動だにしないサカナの背後で別れの曲は優美に奏でられ、やがて止まった。

 

 

 

やっと孤独に戻れる!

 

二人とも喜んで深く息を吐いた。

 

 

 

三度目に別れの曲が鳴り出したとき、オペラの耳にはっきりとサカナの舌打ちが伝わった。オペラは弱虫なので林檎を磨くのをやめて、サカナの痩せた背中を見守った。また、オペラは負けず嫌いだったので、大変不本意に思いながらも声をかけた。出ないの?サカナはやはり、出ない。と言った。オペラは短気なので声を荒らげた。出てよ!誰なの?サカナは応えない。

 


永久に奏でられるかに思われた別れの曲は止まった。

 

 

オペラはもう林檎をテーブルに置いていた。安らぎたいのに安らげずにそわそわとしていた。オペラは調子っ外れなので、サカナの肩に触りながら、この曲が好きなの?と訊ねた。サカナは勢いよく飛び起きると、練習曲作品十!第三番!ホ長調!と叫び、電話をソファーの上に投げた。下手なので、無事には着地せず床に落下した。

 

 

サカナはしつこく電話をかけ続ける相手からの着信をこの曲にしているのだと言った。なんでしつこくかけてくるの?とオペラが訊いてみてもサカナは黙ったままだった。

 

 


ひとりになりたい!

 

 

 

サカナは叫ぶと、走って冷蔵庫の中からロールケーキの入った箱を取り出し、台所からフォークを二人分掴み、やっぱり走って戻ってきた。

 

 

 

別れの曲はもう鳴らなかった。

 

 

 

ケーキは甘かった。

 

 

サカナは泣かなかった。オペラが少し泣いた。サカナは笑わなかった。オペラはたくさん笑った。

 

 

 

 

ひとりになりたい!