冬の一角獣

真城六月ブログ

冬を集めて

師走です。

どんなにぼんやりとしていても街を歩けば年末の雰囲気に包まれます。

お店にはクリスマスソングが流れています。ついこの間まで注文していたアイスコーヒーはホットに変わったという方も多いかと思います。私は喫茶店が大好きで珈琲や紅茶はいつでも飲みたい方です。どんな用事で出かけても結局喫茶店に入ってばかりになります。済ませられない用事は増えるばかりです。コートを着て歩き回り、汗をかいている時などは真冬でもまずはアイスコーヒーを飲み、後でホットも頼みます。

なんの話をしているのでしょう。脱線しました。

冬を集めてみたいのでした。今回は数冊の本から冬の言葉たちを引いてみたいと思います。眠った夢で雪に降られたいという願いを叶えてくれそうな言葉はあるでしょうか。音も無く白く。ぶつかっても痛くないだなんて淋しい優しさです。音も無く白く、少しは痛く雪よ降れ。







おお冬よ、君の堅固無比の扉に閂をせよ。
北は君の国だ。そこに君は礎石の深い暗黒の
住居を建てた。君の屋根を揺り動かすな、
また君の鉄車でその柱を曲げるな。


冬は私の言うことを聞かず、大きく口を開けた大海の上を
ずしんずしんと乗り越える。嵐は鎖を解かれた、
鋼の筋に包まれて。私は眼を上げられない、
彼が全世界を支配しているから。


見よ!   今、恐ろしい怪物はその皮を
逞しい骨にぴったりとつけ、呻く岩石を
                                                     踏み跨ぐ。
彼は万物を萎ませ黙らせ、その手は
大地を裸にし、もろい生命を凍らせる。


彼は断崖の上に座を占める。水夫は
叫ぶが、空しい。嵐を相手に戦う哀れな
小さき者よ。やがて天が微笑み、怪物は
ヘクラ山の麓の洞穴へ吼えながら追いやられる。







犬の佇ち冬日黄に照る街角の何ぞはげしく我が眼には沁む   (冬の日)


『黒檜』より。北原白秋





単に孤独であるばかりでない。敵を以って充たされてゐる!


『吹雪の中で』萩原朔太郎





 地上をさして、雪のひとひらがはるばると舞いおりてゆくこのくらい世界に、あかつきのひかりがさしそめ、それにつれて、空はまず鋼色の青みをおび、それから灰色に、つづいて真珠色にかわりました。雪のひとひらは、風のまにまにひらりはらりときりきり舞いをつづけるわが身をながめ、われながらきれいだと思いました。
 このからだは、ガラスか綿菓子のかけらのような、幾百幾千の、きよらかにかがやく水晶でできていました。
 全身が、星と矢と、氷とひかりの三角四角のあつまりで、さながら教会の玻璃窓です。きらきらする花びらをいっぱいつけた花です。レースのようでも、ダイアモンドのようでもあります。とはいえ、何よりもまず雪のひとひら自身であって、なかまのだれにも似てはいません。幾百万という雪たちがおなじ吹雪で生まれたわけなのに、それでいて一つとしてたがいにおなじものはないのです。







 ケイはドアを閉め、列車の最後尾に出た。外の空気はひどく冷たかった。レインコートをボックス席に置いてきてしまった。仕方なく彼女はスカーフを解いて、頭にかぶせた。
 このあたりを旅したことはなかったのに、汽車は、奇妙に懐かしく感じられる土地を走っていた。霧のなかの、不吉な月の光に青白く色塗られた、背の高い木々が、切れ目なくどこまでも、両側にけわしくそびえている。その上の空は、がらんとして底知れない青みを帯びている。空のあちこちには、光の薄れた星が満ちている。汽車のエンジンから吐き出された煙が長く尾を引いて、まるでエクトプラズムのように見える。最後尾の片隅に赤い灯油のランプがあり、さまざまな色の影を投げかけている。
 彼女は煙草を一本見つけて、火をつけようとした。風が次々にマッチの火を吹き消して、残りは一本だけになった。彼女はランプのある片隅に行き、最後のマッチが消えないように両手でマッチをおおった。火がつき、ぼっと燃えあがり、消えてしまった。彼女は腹が立って煙草とマッチの空箱を投げ捨てた。緊張が張り裂けそうな頂点にまで達し、こぶしで壁をたたいた。そしてむずかる子どものように、静かにすすり泣き始めた。
 厳しい寒さのために頭痛がした。暖かい車輛に戻って眠りたかった。しかし、それは出来なかった。少なくともいまは無理だ。なぜなのか考えても無駄だった。彼女には理由がはっきりわかっていた。ひとつには歯ががたがた震えるのをとめるため、もうひとつには自分の声を確かめる必要があったため、彼女は大きな声でこういった。「いま汽車はアラバマを走っている。明日はアトランタに着く。わたしはいま十九歳で、八月には二十歳になる。わたしはいま大学の二年生……」彼女は、夜明けの兆しが見えないかと期待して暗闇を眺めたが、目に入るのは相も変わらずどこまでも続く木の壁と、皎々とした月だけだった。「あの男が嫌い、ぞっとするわ、大嫌い……」。自分の愚かさが恥かしくなったし、疲れていて本心を隠すことも出来なかったので、彼女はそこでやめた。彼女は本当はこわくなっていたのだ。
 突然、跪いてランプに触れたいという不可解な欲求を感じた。ランプの優雅なガラスのほやは暖かかった。赤い光が彼女の手をすき通って、手が輝いて見えた。熱が彼女の指を暖め、両腕にまで伝わっていった。

『夜の樹』より。トルーマン・カポーティ






 木枯らしの吹きすさぶ冬の夜、霜にとぎすまされたような星々のなかで、オリオン座よりもなによりも、まっさきに目にはいるのは、大犬座のシリウスのきらめきであろう。ちょうど日本の空では仰角三十五度、手ごろな高さにあおぎみられるのも、シリウスの特典である。オリオンの三つ星をむすぶ線をななめに延長して、しぜんと目にはいるのも、いかにも巨人猟師オリオンにしたがう犬のすがたをうかびあがらせるものである。

『星座手帖』より。草下英明






声高く戦うのは勇ましい
だが悲痛の騎兵隊を
胸に秘めるひとは
もっと勇ましい


勝っても国々は眺めない
負けてもだれも気付かない
その瀕死の瞳をどの国も
愛国の情で見守ってくれない


きっと羽根かざりをつけた天使たちが
かれらのためには進むだろう
足並み揃え   隊伍をくんで
雪の制服をまとって

(一二六番) エミリー・ディキンソン





ぬばたまの今夜の雪にいざ濡れな明けむ朝に消なば惜しけむ

万葉集』小治田東麻呂





以上で引用を終わります。たのしかったです。


冬の風、夜空の青い星の光、白く降る雪の気配を感じながら毛布にくるまって眠りたいです。夢の中、どこかそれほど遠くないところでなにか獣が霜を踏む可愛い音が聞こえますように。



お元気で。