休日の愚か者【創作】
何か面白いことはないか。と友人が言ったので、食べ終えたパスタのお皿を押しのけて、頬杖ついて考えた。
連休の最後の日。
意味のない、罪のない遊びがしたいものだ。可笑しくてロマンティックなのが良い。お金を払って、先が全部見えるようなものは退屈だ。
なかなか思いつかないものだった。
こうして、どうやって遊ぶか考えながら二人、黙っているというのはどうだろう?
眠くなってきた。と友人は欠伸する。
二人、アイスコーヒーを追加で注文した。
ぼんやり考えながら、私はテーブルを見ていた。薄茶色のなんの変哲もないそのテーブルを見ているうちに、あることを思い出した。
「ねえ。昔って結構、こういうテーブルの隅に名前とかイニシャルが書かれてあったり、刻まれてたりしたよね」
友人は気のなさそうに頷く。
「あと、意味わかんない言葉ね。湘南とか。LOVEとかね」
「そうそう。今、あんまり見ないね」
「そういえば見ないけど、良かったんじゃん?見てるこっちが恥ずかしくなるような落書きばっかりだったし、だいたいお店のものに勝手に…」
怒りん坊の友人がヒートアップしそうなのを制し、私は喋った。
「もう十年くらいも前に、通った喫茶店があったの。私はいつもきまって奥のテーブルに座った。そのテーブルにね、マイって書かれてたんだけど、二週間くらい経ったら、マイの隣にケンって書かれてたの。それで、私はいつもマイとケンっていう文字を見ながらお茶を飲んでた」
友人は黙って聞いていた。
「マイとケンはどうしたかなと思って」
友人はアイスコーヒーを勢いよく飲んだ。
「どうしたって、どうでもいいじゃん」
「行かない?」
「どこに?」
「マイとケンに会いに」
馬鹿じゃないの。と友人は笑った。
電車が目的の駅に着くと、日が暮れていた。
懐かしいはずの街は、まったく見違えるようだった。初めて来たように感じる街を歩く。
友人が興味なさそうにのろのろと私と肩を並べて歩く。
「だいたいその店まだあるの?」
「わかんない。ここに来たのも久しぶりだから」
「マジどうでもいいんだけど。マイとケン」
悪態をつきながら一緒に来てくれる友人を急にとてつもなく愛しく思い、腕をバシバシ叩いてあげた。
個人商店が軒を連ね、情緒のあった商店街もすっかり様変わりして、シャッターは大方下ろされていた。
その喫茶店があった場所に近づくと、心臓がうるさくなった。
喫茶店は同じ場所にあった。看板やドアや佇まいが全体に新しくなっていたけれど、間違いなくその店だった。
どきどきしながら店に入ると、若い夫婦だと思われる男女がカウンターの中にいた。奥さんらしい女性が、お好きな席にどうぞ。と声をかけてくれた。
私は奥の席に友人を引っ張っていった。
「ここ?」
「うん」
入店してすぐにマイとケンがもういないと分かった。店内のすべてのテーブルと椅子があの頃のものではなく、新しく変わっていることに気づいたからだ。それでも、かつてのテーブルのかつてのマイとケンがいた場所を目と指先で確認した。影も形もない。当然だった。
メニューとお冷を持ってきてくれる女性に悟られぬよう友人が声を出さずに「どう?」と聞くので、私は首を横に振った。
メニューを開くと、そこにも昔あったはずのものが消えているのを見つけた。
「だから言ったでしょ?」
友人がメニューを見ながら言った。少し憐れむ調子だった。
「全部、新しくなっちゃってる」
「そりゃそうでしょ」
「マイとケンがいなくても美味しいオレンジスカッシュを飲ませてあげられると思ってたのに、それも無くなってる」
私の声が聞こえたようで、女性が申し訳なさそうに「オレンジスカッシュはもうやってないんですよ。すみません」と言った。私は「いいえ!いいんです」と頭を下げた。
私たちはたまごのサンドイッチとアイスティーを頼み、会えなかったマイとケンについて、飲めなかったオレンジスカッシュについて大いに語り合い、骨が痛むほど笑い、しあわせな気分で休日を終えた。