異邦人 (六人目) 【創作】
停電になった。
そのおかげで味わえたのは素晴らしい本物の冬の夜だった。
私は一人で部屋にいた。パジャマの上にコートを着ていつもは抱かないぬいぐるみを引っ張り出し、抱いて座っていた。
静けさは美しく闇は深い。スマートフォンの明るさが邪魔になり、電源を切った。
本が読めない。音楽も聴けない。
これから先ずっとこのままでいられたら良いかもしれない。
それでも朝は来る。光がもたらされてしまう。
昔の夜を想った。ずっと昔の夜。
凍えるような寒さの中にいると意識がはっきりとしていった。
意識。それからものを思う感情。それから感覚。
外の風の音。
きっと信号機は夜じゅう歩かない人々を守り続けているだろう。
抱いているぬいぐるみの少し埃っぽい匂いを嗅いでいると、玄関のドアを誰かが叩いた。
懐中電灯を点けて目の前を照らしながら扉を開けると、二階上に住む老婆が真っ青になって立っていた。
「こんばんは」
声をかけても老婆は何も言わない。
「どうしました?停電で怖いですね」
私が言うと老婆は強く頷いた。
「真っ暗で、寒くて、怖いの」
そう言う老婆を部屋に招き入れて、上着を着せた。蛇口から出るお湯で入れた温いお茶を出した。二人で懐中電灯の明かりを前にへたり込んで過ごした。
扉を開ける前、私は自分を助けてくれる誰かを期待していた。あるいは、自分を案じてやって来てくれる誰かを。そうして、扉を開けて出会ったのは自分を頼る人だった。
「おばあさん」
老婆は薄明かりの中、私を見る。
「来てくれてありがとう」
老婆にかけた上着は白かったので、薄明かりに映えた。
二階上に老婆が住んでいたのは二年前までだったことを途中から思い出していたけれど、そのままでいた。
夜明け前、停電は復旧し、老婆はどこかに帰っていった。きちんと、もちろん玄関から。
迎えたのはなにもかも悪くないありふれた朝だった。