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冬の一角獣

真城六月ブログ

嘘みたいに十二月

どういたしましょう。十二月になってしまっています。
心ゆくまで秋を楽しんだか分からないままカレンダーを見るともう十二月だというのです。
ほんとうに月日が過ぎていくのを早く感じるようになりました。もしかして誰か早送りのボタンを押しっぱなしにしてはいないでしょうか。
私は十二月を確かめようと目を見開いて街を歩きました。クリスマスソングが得意そうに流れている街です。夜を彩るイルミネーション。お花屋さんにはポインセチアシクラメン。大きな小さなリース。雑貨店には沢山のオーナメント、スノードーム、さまざまなギフト。おせち料理や神社の宣伝であちこち溢れていますし、スーパーマーケットには鏡餅がずらりと並べられています。
嘘みたいに十二月なのでした。まごうことなき十二月。まったき十二月。あまりの十二月っぷりにくらくらです。
それでもやっぱり冬はうつくしいです。そして、うつくしい冬にもやっぱり私は本を読みたいのでした。世間の十二月ムードに関わらず本を読みたいのでした。

好きな理由を説明しようにも、どうしても好きなのだとしか言えませんが、好きな本の話をします。
岩波文庫の『狐になった奥様』デイヴィッド・ガーネット作、安藤貞雄訳です。
解説で訳者の安藤貞雄は、一九二二年に出版されたこの作品について「これは、雑木林を散歩中に不意に一匹の狐に変身した若い妻を愛し抜こうとする男の物語である」と書いています。作品には著者デイヴィッドの乳ガンで亡くなった最初の妻レイチェル・マーシャルの木版画が使われています。彼女の木版画は作品にぴったり寄り添っているように思えて見入ってしまいます。物語全体を包み込むような魅力をたたえた画です。また、この作品はバレエとして改作されています。私はこのバレエを観てみたいと思っています。
『狐になった奥様』は一応はやさしく読める作品です。作品は短いくらいですし、難しく理解し辛い部分もありません。それでも全く軽くなく、むしろ重い本です。童話のように読めますが大人でなければ汲み取れない痛みやおぞましさやうつくしさが平易な文章の後ろで血塗れになって踠いている本です。そういうこわい本が好きです。
この『狐になった奥様』は読むたび好きな部分を新たに見つけだせます。
狐になったばかりの妻が裸でいるのを恥じて、一生懸命に化粧着に着替え、もどかしげにそれを引き摺りながら夫の前に出てくる場面や、かなり野生の獣に近づいてしまった妻に苦悩した夫が深酒してついにはプライドをかなぐり捨てて自分も四つん這いになり、妻と共にはしゃぎ回る場面は、あまりにも痛切で読んでいて息が苦しくなります。
今度も私はこの本にすっかり絡めとられてしまいました。説明すると台無しになるこの作品のすべての良さを護るためにこれ以上語らないことにします。

しあわせにしあわせに『狐になった奥様』を読んだ後、年末の大掃除に今年こそ早めに取りかからなくてはいけないような気がしましたが、混沌をきわめた書棚界隈を眺めてすっかり戦意喪失、先延ばしにしています。今は色々なことから逃げて思潮社の吉原幸子著『人形嫌い』を読んでいます。次回は吉原さんの本について書きたいと思っています。

嘘みたいに十二月ですが、皆さんが風邪などひきませんように。お酒を呑み過ぎて御身体壊しませんように。勝手に念じておきました。念じておきましたよ!