読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

冬の一角獣

真城六月ブログ

異邦人(五人目)【創作】

親切な幽霊の屋敷に間借りするうち、どこにも行きたくなくなって私も幽霊になりました。

幽霊は私を入れて五人います。最初に会ったのはおばあさんとおじいさんでした。ご夫婦かと思っていたら違いました。それからどう見ても十歳くらいにしか見えないのにひどく生意気で大人びた男の子といつもドレスアップしたお洒落な女性がいます。誰も血の繋がりは無いそうですが、家族のようにも見えます。彼らは謂わばどこにも無い家の居ない人達です。

おばあさんが教えてくれたところによると、このお家で一人きり幽霊として暮らしているうちに彼らは数十年に一人、また一人と訪れてはそのまま居ついてしまったそうです。

おばあさんは男の子を猫可愛がりしています。あんまり甘やかすので彼は調子に乗って悪ふざけが過ぎたりします。その子はおじいさんの方が好きなようです。よく将棋を指しています。大抵男の子が勝ちます。おじいさんは無口です。お洒落な女性はメイクと着替えをしている時間が彼女の時間のほとんどすべてで、アイラインを引くために目はある。が口癖です。

私は死んでからここに来たわけではありません。他の人はもちろん幽霊としてここに来たということですから、生きてここに来たのは後にも先にも私だけです。

ある夜、気づけば夢遊病者のようにベッドを抜け出して彷徨い歩いていました。街を抜け、線路伝いに歩き、歩きに歩いて、空虚な心でここに行き着きました。思い返せばあのとき私は恐らく、向こう岸へのあわいを越えてしまったのでしょう。どうしてそんなことが出来たか、もう忘れてしまいました。

不思議なことにまだ生きている私を幽霊達は受け入れてくれました。それからだいぶ長い間、私だけが呼吸をし、食事をしながら彼らと暮らしました。ある時、林檎を齧る私を眺めていた男の子が、生きているって大変だね。と言いました。私は幼い彼が生き死にについて乾いた物言いをすることに哀しみを感じました。幽霊は大変じゃないの?私が尋ねると彼は抑揚も無く答えました。
別に生きていた時から死んでいたようなものだし関係ないよ。生きているからなんなのさ。生まれた時からほんとは幽霊だったものがあるべき場所に帰っただけ。気楽なもんだよ。


そうしてしばらく生きていた私もやがて幽霊になりました。それで真実、晴れて彼らの仲間入りを果たしました。
幽霊になってみると成る程男の子の言った通りで身体は軽く、痛みや苦しみから解放されました。時間の概念も薄れ、心静かに漂い、移ろう世界を見るだけになり、恐れを持たなくなりました。しかし時々、生きていた頃と似たような淋しさや、もう血の通わないはずの身体に薄ら寒い感覚を持つような気分になることがあります。それは、どこかひどく取り返しのつかない寒さなのです。それを忘れるために私は彼らと暮らしています。私と同じように寒がりの彼らのそばにいると彼らと同じような寒さを少しばかり貴重に思えます。

今、おばあさんとおじいさんは庭先でお茶を飲んでいます。いつものようにドレスアップした女性が雪の降る庭に佇んでいます。男の子はどこか部屋の中で音楽を聴いているようです。
降りしきる雪の庭で、夏に飾った向日葵の造花が咲き誇っています。皆で飾ったものでした。おばあさんとおじいさんは黙ってそれを眺めています。お化粧するための顔を持った女性が私達に振り向いて言いました。

季節外れの向日葵が雪を被って狂い咲く。


あとは誰もなにも言わず、雪はしんしんと降り続けています。寒がりな私達は罰を受けたがる者のように向日葵を見ています。造花の向日葵。向日葵の造花。あとは雪。迷子になってもここへ来てはいけませんよ。あなたに逢えませんように。