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冬の一角獣

真城六月ブログ

一角獣について

十一月です。あっという間ですね。

私は秋と冬の始まりを楽しんでいます。寒がりですが、冬が好きです。息をしやすく感じます。冬は清潔な感じがします。だから今、嬉しいです。皆さんはどうでしょうか。温かいお茶が美味しくなり、眠るとき、肌に触る毛布が心地よくなってきました。

今回はブログの名前にもある一角獣について書きます。ほんとうの冬がくる前に一角獣のことを一度すっかり忘れて、もう一度知り、考えてみたいと思います。

一角獣に関する記憶の一切を喪失したことにしました。さて、一角獣とはなんのことだったでしょうか。まずは文献から説明を読んでみましょう。

いっかくじゅう[一角獣]
仏 licorne    英 unicorn
別名   麒麟(きりん)

『異端審問』に入れられている,カフカの先駆者たちに関する一文の中で,ボルヘスはマルグリエスの『中国文学選集(詳解中国詩文選)』(1948)に載せられた9世紀の中国の文人韓愈の或る寓話を読んで強い感銘を受けたと述べている。「麒麟が,超自然的な,縁起のよい動物であることは,あまねく認められていると韓愈は述べている。詩経史記,偉人伝を始め,異論なく権威を認められた他の書物にも,そう書かれている。庶民の女子供でさえ,麒麟吉兆であることを知っている。しかし,この動物は、家畜の中に含まれていないし,姿を見るのは必ずしも容易でなく,動物学のいかなる分類にもあてはまらない。この動物は,馬でもないし,牛でもない。狼でも鹿でもない。それゆえ,我々は、麒麟に直面しても,それが確かに麒麟かどうか,しかとわからないであろう。我々にわかるのは,たてがみのある動物が馬であり,角のある動物が牛だということである。我々は,麒麟がどんな格好をしているのかわからない」。

いずれにせよ,一角獣は動物誌の中に確かに存在し,しかも花形の座を占めている。そのため,一角獣について書かれたすべての文献を整理するのは容易ではない。この動物について初めて語ったのは,クテーシアスであったように思われる(『インド記』第25章)。彼は,それがオナガーつまり野生の驢馬ぐらいの大きさだと述べている。胴全体が白く,頭は緋色,眼は濃い青色で,額の中央に1本の長い角が生えている。角の上部は深紅色で,中間部は黒く,つけ根の部分は白い。

(中略)

文献に挙げられたすべての一角獣に共通する性質は,その敏捷さ(他のいかなる動物も追いつけないほど速く走る),その残忍さ(それは,「残忍な野獣」である),その非馴致性である(一角獣はたいへん誇り高く,捕獲されると,人が飼うことも馴らすことも許さず,「悲しみのあまり」死んでしまう,と聖グレゴリウスは述べている)。

(中略)

一角獣は象を仇敵としている。また,ドラゴンと戦う。その反面,小鳥に深い愛情を抱いている。アル・カズヴィーニーは、一角獣と鳩(別の作家の説では、雉鳩)との友情について語っている。この鳥が巣を作る樹木は,「モノケロス(一角獣)」が好んで憩いにやって来る樹木でもある。モノケロスは,鳩のくうくういう鳴き声を聴いて楽しむようだ。一方,鳩は,その角の上に好んでとまるが,一角獣は,じっと佇んで,そうさせておく。

(中略)

動物誌の著者たちは,密かに一角獣の存在を信じながらも,すでに知られている一角獣の記述を実在動物と両立させようとした。そこで,先ず,犀ではないかと考えた。犀は,角が額の真中ではなく,鼻の先に生えているが,実際に生息する一角動物である。犀は,一角獣と同じように,象を嫌い,岩で角を研いで、敵に立ち向かう準備をすると言われる。一角獣と鳩あるいは雉鳩との関係も,犀や河馬の背になれなれしく止まるうしつつき鳥を想起させた。

(中略)

一角獣の起源についての盲信がどうであれ,この幻想動物に関する迷信もいろいろある。人々は,特に,ペスト予防と解毒の力をもつとされる一角獣の角を探し求めた。クテーシアスによれば,インド人は,その角で,毒を注ぐと,たちまち割れる特性をもった酒杯を作っていたという。この特色は,犀の角に毒を注ぐと直ぐにその毒が消されるという俗信と比べてみる必要がある。クテーシアスが更に述べるところによれば,この酒杯を用いる者は決して痙攣に襲われることも癲癇に罹ることもないそうだ。中世まで人々は,一角獣の角の解毒作用を信じていた。

(中略)

この世の権力者たちは,非常な高値で売られるこの角を争って買い求めた。一角獣の角を所蔵することが骨董室や教会の名誉になった。

(中略)

一角獣狩りには,国や記述者のちがいを越えて,ほとんど変わることのない,型にはまった奇妙な方法が生み出された。一角獣を生け捕りにするため,狩人は,獲物の通り道に,生娘を置く。するとその処女の「匂い」が間違いなく獣を誘き寄せる。

(中略)

すると,一角獣が乙女に近づいて,その「膝」に頭をのせる。一角獣は乙女にいかなる危害を加えることもなく,その足許に横たわる(ただし,もしその娘が「純潔でなければ」,一角獣は即座にそれを見破り,彼女を八つ裂きにしてしまう)。獣が美女の足許に横たわり,眠り込んでしまうと,狩人たちは,何ら恐れることなく,その獲物を殺し,その縞模様のある貴重な角を奪うことができるのである。処女の助けをかりずに一角獣を捕らえようなどという大それた気を起こすと,この獣は死に物狂いに抵抗する。また,コスマスによれば,万一窮地に追い込まれたと感じると,一角獣は,断崖から真逆さまに身を投げる。

(中略)

一角獣は,多くの資料の中で,地上の楽園に姿を見せているのであるから,おそらく,原初の動物の一つであろう。

(中略)

しかし,西洋で最も好んで取り扱われる主題は,一角獣を連れた貴婦人の主題である。クリュニー博物館の有名なタピストリーの下絵が描かれるずっと前に,この主題は、13世紀の或る「物語」の主題になっていた(レイモン・ヴァン・メルル『世俗芸術の図像学』,第2巻442頁以下に、この主題を扱った図像の一覧表が載っている)。それは,キリスト教が,この神話の中に,啓示と告知の表徴を認めたからである。

(中略)

一角獣は,愛を抱かせ,それを共有しながら,その愛の成就を断乎として拒否する恋する女の典型である。この場合,一角獣は愛の昇華を象徴するらしい。

(中略)

錬金術師たちは,このシンボルの両義性に注目し,一角獣に完全な純粋さの意味を保持させながら,これを錬金作用が「成功する」ためには不可欠な神秘な女性的要素に結びつけた。ユタンによれば,一角獣は,水銀から生まれる光を意味する。また,一般的には賢者の水銀のあらゆる表れを意味する。

(中略)

これらの多義的な一角獣は,コクトー,ダリ,ロルカなど近代の詩人や画家が間違いなく取り上げることになる一角獣を,すでに予告している。終生ドラゴンを追い求め,ペーガソスに跨り,半蛇半女人を馴致したアンドレ・マッソンは,1966年に,一角獣を,ただし,屠殺者に腹を裂かれた一角獣を描き始めた。

以上、大修館書店刊、ジャン=ポール・クレベール著『動物シンボル事典』より。


こうして『動物シンボル事典』を繙いていると随分一角獣のことを思い出してきたような気がします。これは大変な動物でした。人は魅力的なものを想像し、噂し、伝説にするのですね。ほんとうに視た人がいるというのも私は信じます。その人には視えたのだと思います。一角獣は星座にもなっています。それはまた、別の本に書いてあります。そちらも少し読んでみます。


一角獣の星座が冬の空にあるというのだが、いまだにしっかりとその位置をみさだめたことがない。オリオン座の東がわ、冬の天の川のなかにひたって、あるらしいが、なにしろαが四等星では、特に東京の空なんかでは、どうしようもないのである。一六二四年にドイツのバルチウスという人がつくった新興星座であるので、あまり明るい星を採用するわけにいかなかったから、これもいたしかたない。

〈一角獣座の天体〉この星座はちょうど天の川の面にあるので、小望遠鏡でさがすといろいろな天体がみつかる。 (中略)星団ぜんたいがガス星雲につつまれており、そのなかに「とうもろこし星雲」と異名を持つ、暗黒星雲がある。ボンヤリ光る星雲のなかを指をつっこんでえぐったような形に、暗黒物質が存在している。また、NGC二二三七は、一名「バラ星雲」という美しいガス星雲で、まるで大輪のバラの花がパッとひらいたようにみえ、虫がくったあとみたいに暗黒星雲がいりまじって、ひじょうにふくざつな形をしている。

以上、現代教養文庫草下英明著『星座手帖』より。


ここまで読んで、やっと思い出しました。好きな冬の空に好きな一角獣がいることを知った時に嬉しかったことをお話ししたかったのです。この拙い言葉や文章で成り立つブログには不釣り合いだと承知の上で、冬の一角獣と名前をつけたことをやっと皆さんに説明できました。腑に落ちないこともあるかもしれませんが、後のことは、言外のテレパシーかなにかに頼りたいと思います。

最後に私の一角獣を視る方法を書いておきます。

Chet Baker Angel Eyesを部屋を真っ暗にして聴きます。寝転んで天井を見上げると、大輪の薔薇の花がゆっくりと開き、一角獣が現れそうな気配がします。歌詞とは全く関係が無いのに、不思議です。部屋の中で一人で出来る遊びなので、これからの冬にぴったりの遊びかもしれません。イルミネーションに負けません。