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冬の一角獣

真城六月ブログ

アイスクリームと天使

小学校三年生の頃のもう痛くないふりをしながら話せる思い出話をします。

学校の最寄り駅に朝早くからたくさんの外国人男性が集まっているのにある時気づきました。もともと暗い色の肌をもっと浅黒く焼けさせた、瞳の大きな人達でした。
彼らは通学する子供達を時に微笑み、時に真剣な眼差しで見つめながら自分達の言語で話し込んでいるようでした。
私は一人で歩くことが好きでした。彼らを横目に通学する日々でした。ある日、何のためにだったか私は駅前で立ち止まっていました。視線を感じて彼らの方を見ると、その中の一人がにっこり微笑んで手招きするのでした。私は一瞬のうちに色々なことを考え、通勤通学の人々でごった返す中、彼の近くまで行きました。
彼は明るく「ハーイ!」と声をかけてきました。私は真面目に立っていました。彼の後ろでは興味深げに身を乗り出した仲間達が目をぎょろぎょろさせて私と彼を見ていました。彼はたどたどしく話しかけてきました。私もきちんとこたえました。「がっこうですか?」「はい」「がっこうはアーメン?」「そうです」「わたしはイラン」「後ろの人達も?」「そう。みんなイラン」「お仕事に行くの?」「そう。わたし、イラン、こどもいる。そっちとおなじくらい。だからしごとする」こんな会話でした。彼は一生懸命、少し恥ずかしそうに喋るのでした。私は彼の言うことがよく分かりました。彼は「べんきょう、がんばってください」と言って私を学校に向かわせました。

それからは毎朝、彼らに手を振ったり、挨拶の言葉を交わしたりするようになりました。特に最初に声をかけてきてくれた人とはよく話しました。彼は家族の写真を見せてくれることもありました。よくおかしな表情を作って笑わせてくれました。

そんな日々のある日、私は学校で教師に呼び出されて叱られました。先生は朝のホームルームで最近、駅前にいる外国人労働者と必要以上に接している子がいると学校に連絡がありましたと言い、よく知らない人と接する危険性について皆に説明し、注意しました。皆が私を見ているような気がしました。

休み時間に呼び出されたのは聖堂でした。先生と私は話しました。「クラスのお友達も皆、あなたを心配していますよ」「私は大丈夫です」「あの方達がどういう方達なのか知っていますか?」「知っています」「どういう方達ですか?」「楽しい方達です。子供のために外国から来て働いている方達です」先生はため息をついて嫌な感じでした。「あの方達とお話ししてはいけません」「なんでですか?」「皆が心配しているからです。良いですね?」「いやです」先生は激怒しました。「では、あなたのお家に電話してお母様に注意してもらいます。あの方達にも先生からあなたに話しかけないようにお話ししましょう」私も激怒しました。ここで引き下がると負けるのは自分だけではないのだと思いました。「お家に電話するのは良いです。でもあの人達に何か言うのはやめて下さい」「あなたに言っても駄目だから仕方ないんですよ。先生に黙っていてほしいならあなたはきちんと言うことを聞きなさい」「いやです」「あなたは学校の帰りにもあの方達からアイスクリームをもらったりしているそうですね。だからあの方達を好きなのですか?ものをもらってはいけませんよ」私は怒りで震えていました。「アイスクリームをもらったからお話ししているわけじゃありません。馬鹿にしないで下さい」「知らない人からものをもらうような恥ずかしい子はうちの学校にはいられません」「私は恥ずかしいことをしていません」「あなたは何も分かっていません。どうしてあの方達が危険でないと言えるのですか?」「子供でも危険な人とそうではない人を見分けられます。私はあの方達が危険な人達ではないと分かりました。だからお話ししました」「あなたは自分で自分の身を守れません。責任も取れません。何かあってからでは遅いの。分かりますね?」
私にはもっとたくさん言うべきことがありました。しかし、語彙が伴わず、考えや思いを表現して伝えることがそれ以上出来ませんでした。ただ悔しくて泣いていました。ひどく情けない気持ちでした。
教師はお祈りをして、反省してから出て来なさいと言い残して私を一人にしました。誰もいない聖堂でかみさまは私にお怒りではないことを信じていました。先生が家に連絡をしても両親は私を理解してくれると信じていました。しかし、あの方達にどんな言葉がかけられるのか気がかりでした。それによってあの方達が悲しむのが嫌でした。聖堂でたっぷり一時間程も泣いていると、教師が迎えに来ました。
それから後のことは、悲しい思い出です。
駅前の人達は私を見ても俯いたり、淋しそうな表情を浮かべるだけで近づくことも話しかけてくれることもなくなりました。時には私の方から彼らの方へ近寄ることもありましたが、そうすると彼らは散り散りになって離れてしまうのでした。
彼らが困っているのが明らかだったので、言いたい言葉をすべて押し込めて私は重たい気持ちで通学するようになりました。ごめんなさい。でも違うのに。と繰り返し心の中で呟きながら暗い通学を続けました。
学校から連絡を受けた両親はやっぱり理解してくれました。今回のことは誰も悪くないから大丈夫だと言ってくれました。それで私はとても安心したのを覚えています。

それから少し経つと、駅前に彼らの姿を見なくなりました。ぱったりと一人も現れなくなりました。もう関われなくても姿を見なくなるとやはりとても淋しかったです。きっと帰国したのだろうと思いました。

それからまたしばらく経ち、一人で歩く夕方の帰り道の行き着く駅前に最初に話してくれた人が何ヶ月ぶりかに見えた時、私は思わず駆け寄りました。その人は小さな袋を私に渡し「あげる。わたし、もうかえる。じぶんのくに」と言いました。私は袋を開けました。小さな天使の人形が付いたキーホルダーが出てきました。「いいの?もらって」「いいよ。あなた、にてる」「似てないよ」「げんき!」「ありがとう」「げんき!さよなら」そんな会話が最後でした。私は天使の人形を握って泣きました。恥ずかしくて苦しかったのを覚えています。あんなに恥ずかしかったことはありません。

げんき!
良い言葉です。

思い出話はおしまいです。