冬の一角獣

真城六月ブログ

異邦人(一人目)【創作】

私が高校生だった頃、原宿の竹下通りで見た青年の話をします。

その人は足枷を引きずって歩いていました。ドクターマーチンのブーツの足首にそれは嵌められていて、その部分から30cmほど鎖が引きずられ、その先に直径15cmくらいの鉄球が付いていました。その球は重たそうで、実際彼の歩みは遅いものでした。

私は彼の後ろを歩いていました。目前に発見したあまりにも興味深い人物(特に足元)に目を釘付けにしてついて歩きました。

彼を追うのは至難の業でした。なにせ半端ではなく彼はのろいのです。怪しまれないようにゆっくりついて行かなければならず、神経が疲れました。

私はじっくりと彼を観察しました。真っ黒で真っ直ぐな髪が肩の辺りで切られていました。骨と皮ばかりの体型に、ユーズド感溢れる黒のライダースジャケットにブラックデニムという身なりでした。

彼の前にまわって、顔も見なければならないと考えた私は、全速力で路地に入り、元の通りと通じる道に先回りして、端の電柱に身を隠しました。

はたして彼はやって来ました。相変わらずのろのろと人込みを歩いてこちらへ向かって来ます。彼の周りを歩く何人かが、あからさまな視線を彼に注いでいるのが解りました。彼は大人しく、柔和に見受けられるその顔を前に向けて歩いていました。酔狂にも神々しくも見えました。

失礼のないように関わりたいと心に決めて、私は彼の前に歩み寄りました。

「こんにちは」

こう声をかけた私に彼は一瞥をくれ、なに?という表情をしました。

「バンドかなにかしてるんですか?」

まずは他愛のない質問をと思いました。

「なんでわかるの?」

言いながら彼は立ちどまり、私に笑いかけてきました。

「いや、なんとなくそう見えたから聞いたんです」

彼は肯き、やってるよ。と言いました。彼の態度は穏和で、様子にも危険なところが全く無かったので、私は思い切って尋ねることにしました。どうせ、子供の言う事なんていつもメチャクチャなものなのだと。そして、こっちはどう見たって子供でした。

「あの、その球は重くないんですか?」

彼の足元を指さしながらわざと直接的に聞く私に、彼は至って平然と、重いよ。と答えるのでした。

私は自分がとても変なことをしている気がして恥ずかしくなりました。彼があまりにも堂々としているので、こちらが狼狽しました。

何も言えずにいると、彼が話してくれました。

「これね、売られてたんだよ。それを買って、自分で靴につけたの」

私は一生懸命に耳を傾けていました。

「すげー重いよ。階段とかきついしね。走れねえし」

私は思い切って、なんでそれつけて歩くの?と聞きました。彼は私の顔をじっと見て、それから自分の足元に視線を落とし、しばらく無言で俯いてから歪めて笑った顔を上げて私に、ねえ。と答えました。意味が解らない私はただ彼を見ていました。彼は何度も私に向かって、ねえ。ほんと。ねえ。と繰り返しました。

私はその人に同じ言葉を繰り返させるのを耐えられない気持ちになって、わかんないですよね。と明るく返しました。

ねえ。じゃあね。と彼は言いながら、手を振って見せ、ゆっくりと去って行ったのでした。

私は彼の行った方と反対の道を急いで走ったのでした。