冬の一角獣

真城六月ブログ

とおまあ

手のひらが自分を打ってしまって痛みがある夜の見慣れない文字を見つめる船底から聞く雨音 滑り落ちて下から上へ読んでも同じくらいに分からない異国の呪文遡れさかさま遡れないさかさま 目に食べさせる情報が身体を巡りわたしになる頃なくしてしまうものを…

合図

苦し紛れのフレンチトーストが痩せた人の食道を通るときツツジが雨を飲み過ぎて溺れかけているときアメリカンチェリーの赤さ黒さに見惚れているとき沸かしたお湯の匂いを嗅ぐとき 思い出した思い出せない思わない いつもの駅で突然独りきりだと骨まで感じる…

うたつぐみ

窓を開けると、聞こえる歌。忙しい日、塞ぐ日には能天気なその声がしばしば神経を逆撫でた。 その歌が聞こえない。 歌っている人は近所の婦人なのだった。小柄で控えめな様子の人なのだった。すれ違う際には、ほとんど聞き取れない声で挨拶してくれる。 その…

眠れるサカナ

気配を感じて目を開くと、あなたはわたしを見ていた。夜中。明け方近かったかもしれない。眠っているわたしをあなたは見ていた。 微睡んでいたからもの思う余裕も無く、目蓋は緩慢に、何にも引き留められずに閉じた。やっと意識を手放して、逃げ込んで、閉ざ…

一緒に狐になること

色鉛筆を買わなかった。昔好きだったミュージシャンが表紙を飾る雑誌を買わなかった。ドライアプリコットを買わなかった。飲み続けていたサプリメントをやめた。 右を向いて眠らなくなった。電話が鳴ってもゆっくりとして驚かなくなった。いつまでも表皮を掠…

うすくれない

あんまり遠くて迷いながら歩き過ぎてべそかきながら悪態つく相手がいたしあわせ春休みじゃなかった? 電車を乗り継ぎしあわせになるペンダントを買いに行ったあまり賢くない女の子達ふたりとも学校が嫌いでひとりはお家も嫌いでもうひとりは習い事も嫌いで微…

兎だらけの三月

シェリーの詩集を何気なく開く。その頁にある詩行に捕まった。 「骸骨」となった「霜」を夏の墓へ追いやる「春」の化身のような美しい「幻」がーー この詩は『エピサイキディオン』という詩で、冒頭には、「いま修道院に幽閉される不幸な貴女エミリア・Vーー…

春燈

白いドレスを着た人が微笑む。誰に向けてでもなく。そういう写真。静かな香り。薄い茶色のぬいぐるみ。深紅の毛布。枕からはみ出した髪の毛。今日か明日か。昨日か夢か。あなたは天使ですか。あなたは虹ですか。何で出来ていますか。塩は要りますか。雨が降…

淡いもの

晴れた日 昼間 コンビニエンスストア店内 小さな王様を乗せたベビーカーを押す王様のパパらしい人は立ち止まり、棚の商品を見ていたから、わたしはパパにバレないように王様と目を合わせる機会を得た。わたしは少し離れたところから、王様に戯けてあっかんべ…

サカナの夢日記

階段を下りる。電気は辺りを明るく照らしている。人はまばらにすれ違う。上ってくる誰かの髪。下りながら誰かの足。踊り場。また階段。独りきり下りる。どうやら地下鉄の。どんどん下りる。時々楽しくなって早足で駆け下りる。息が少し上がる。それが嬉しく…

光年レストラン

シェフはわたしが苦手だった。両親に彼女と話すのは緊張すると言っていたらしい。 そのレストランはもう無い。 家族でよく通った。そこは小さな寛げるフレンチのお店で、とてもカジュアルな雰囲気なのに料理はどれも本格的で美味しかった。そこでわたしは初…

眠り物語り

勝ってはいけないし、敗けてもいけない。勝つことを避けるのは出来そうだが、わざと敗れてはいけないのだ。 シモーヌ・ヴェイユの戦争に対する思想の周りを考え考え、玉ねぎを切る。 敗れてはならない理由は、相手の勝ちに加担してしまうからだ。相手を勝者…

魔法

動物園のショーを観た日。客はまばらで空は曇り、あなたは健康で、あなたも健康で、もう一人も健康で、わたしも健康だった。 動物園へ行けば気が滅入ることを知りながら、繰り返し行くのだった。そこへ行けばわたしが嬉しいのではないかと望みをかける人のた…

Jam session

十一月半ば、ツイッターで連詩をしたいとツイートし、わたしがはじめたものに連なる形で自由に参加して頂きました。繋げたものをこちらで紹介したいと思います。 Jam session 雨が夜に降り、夜は寒くて樹の中に飛び込んだ。枝と葉の間に夜はいる。猫の瞳の中…

音と無音

換気扇のたてる音と食器を洗う音と薬罐を火にかけている音と 猫が食事を囓る音と誰か廊下を歩く音 遠くを走る列車の音とスマートフォンの通知音と 静かといっても賑やかな音の重なりの中で イヤホンをせずに流れた音楽でストックホルムになる部屋 あいしてい…

眠られぬ夜のオペラ

あなたがわたしを好きなのは、わたしが我慢をたくさんしているからよ。無理をして無理をして無理をしているわたしをあなたはやっと少し好きでいてくれる。軽んじながら。疎ましく感じながら。 どうしてこんなだろう。書いた詩人がいたけれど、ごく低いレベル…

秋は綿の味

いろいろな秋があり、読書の秋とも言いますが、わたしにとってこの秋は、どうやら読書がいまひとつ捗らない秋であるかもしれません。 読みたいと思って、いざ本を開いてもなかなか頭にすんなりと入って来ません。そんな時期もありますね。今まで読んできたも…

姿形

傘さして買い物帰り、横断歩道を渡るとき、銀の雨が花壇に降り注いでいるのを 歌の無い暮らしを 電話をかけられない日の 十五年前に着ていたコートに袖を 針と糸 針と糸 針 糸 糸 糸 糸 糸 糸紡ぎ 連なり 繕い 解かれ ほつれ か から から 絡まり 絡まりやす…

子猫兎

夢の中で知らないけれど懐かしい感じの定食屋さんにいて、そこのやっぱり知らない人だけれど懐かしい店主に懸命に話をしているのでした。 この間は、そうです!そこのカウンターの右から二番目の…そう!そこの席です。そこで焼き魚の…。そうです。あの、わた…

八月 読むこと思うこと

こんにちは。こんばんは。 八月です。夏です。暑いですね。台風が来たり、雷が鳴ったりします。猫の鼻はちゃんと濡れていて、八月の濡れた鼻です。 今回は最近の読書からメモを置いてみようと思います。 私のものを盗み、相手の行為に私の方がはじらって、気…

海に似て

ひとりもない談話室で元気な自販機のあかるさが眩しい 整然と配置された清潔な机と椅子がおそろしいから座れずに歩き回ることも出来ずに見るものもなく立ち 助けを求める人のように窓に寄った 七月の空だった 膨らんで呼吸の荒い雲だった 海に似て青い果てま…

笑う夏

七月になりました。 今年は六月からとてもとても暑い日が続いています。あんまり暑いと何をしたわけでもない日も暮れる頃には疲れていたりするものです。そうして、疲れているからすぐにもぐっすりと眠りたいのに、また暑い夜なものですから、いつまでも眠れ…

孵化の傷

子供の頃、女の子達の間で流行りの遊びがあった。それは遊びと呼ぶにはあまりにも趣味が悪く、罪深く、低いことがらにあってもまだ低いといったもので、許されて良いものではなかった。それは仲の良い友達を傷つけるというものだった。互いに傷つけあうこと…

うつすものうつさないもの

最近は様々な画像加工アプリなどがあり、上手に使う人が多い。 手探りで利用してみると、なるほどとても面白く、時間を忘れて色々と加工を楽しんでしまう。色味を変えると、晴れた青空は薄暗くなるし、平凡な街路を百年前の道に変えてしまうようなエフェクト…

看花

渡り廊下が好きだった。通れば、橋を渡っている気分に少し浸れる。浮橋のイメージ。吊り橋。滑走路。脆そうな、危ういような足音と浮遊感、いつかも通った既視感。なにかとすれ違いそうな予感。それでいて頑丈などこにも隙の無い安心感。みんなで通るときよ…

サカナの手紙

昨夜の夢であなたは現実と遜色ないうざったさを発揮し、私にあなたに宛てて手紙を書くよう迫りました。狂おしいことに、あなたはその手紙を送る際に使う封筒まで用意していました。それには既に、あなたに届ける為の宛名まで書いてありました。どういうつも…

羽ばたき

あかい花が咲いていた誰もいなくなった家 名前が消えかけて見えない郵便ポストと 白いつつじの向こう 根元に小鳥を眠らせて茂る枝葉をひろげる樹 手を上げ下げする度に眩しい緑のざわめきの響き渡る公園で 四月いつかいまとおなじように光った すべてもとど…

イチイ

風は少しずつ緑色になり、立ち止まる前に歩いて来た道のすべてがうまく燃え上がれば良い あなたは夜を更けるままにしろと言うあなたは涙を流れるままにしろと さかさまになって地に落ちた頭を取り上げ首にくっつけて、こうだと言う 珈琲は熱かった すぐに冷…

春は読みもの

あたたかくなってきました。 春は足が歩き、心が歩き、肩がコートを脱皮したがって、頬があかるくなって、眠たいですね。雨だけ、冷たい銀色です。身体の外側で自分が踊っていて、なかなか戻ってこなくなるような春です。 同じ本を読んでいます。いつもそう…

らしさ らしさ

水色、ピンク色、紫色、赤色、黄色、色とりどりのペンや缶バッジ。例えば、小さなノベルティなどを頂く際、お店の方は「どのお色になさいますか?」と、選ばせて下さることがあります。 好きでない色は無いし、どれもきれいだと思うときなど、ご迷惑かもしれ…