冬の一角獣

真城六月ブログ

コントレール

気持ちの良い日だね。 この信号のそば、ここにいつも飾られていたんだよ。花が。いつの間にか飾られなくなったけど、ここを通るときには必ず置かれていた花のピンクや白や、思い浮かぶ。アスファルトの上で鮮やかだった。そこだけ湯上がりみたいだった。 あ…

通奏低音

きっと物語の中にいると物語の外を思わないはずなのにいつも物語の外から物語の中を思っているのです。 帰りたい帰りたいというけれど何処へとは誰も一度も言わないのでした。随分遠くへ行くおつもりのようですね。 帰りたくないと歌う人もいます。帰れない…

食べることの岸辺

ときどき、最後の晩餐は何が良い?なんて質問を見たり聞いたりします。晩餐という言葉から思い浮かべられるような豪華で贅沢なものを答える人は案外いないもので、日頃からの好物を望む声をよく聞くように思います。 最後に口にするものなんて選べないであろ…

夜景

電車は中途の駅までしかわたしを乗せませんでした。タクシー乗り場まで歩いているときに見えた遠くのレストランの看板が赤くきれいでした。 見惚れた瞬間に灯りは消えて、眼の中に赤い色が残りました。冬に見たい赤でした。白い日に、凍える日に見たい色でし…

かつて読み返す人がいた

まだまだ暑い日が続きそうな九月のはじめです。これからもうしばらくは雨と台風とが繰り返されそうです。 冬が好きなので朝晩に初秋の風を感じたり、空の雲が薄く軽そうにのびたり、葡萄や梨が口に入ったりすると少しうれしくなります。秋は気づけば深まって…

オペラの手紙 【創作】

孤独は甘いものだからあんまり激しいものだから部屋の外を降り続く雨の音を聞いているとあの雨という水が屋根も天井も突破して光の矢になってわたしを貫いてくれたらなと思ったりします。きらきら光る髪の毛はシャワーを浴びた後よりも気分の良いものではな…

燃える路を歩きながら、手のひらから呼吸して、小さな湖の畔りから向こう岸を見たときの肌寒さを思い、苦心して、燃える路を歩きながら、再び畔りに立った。向こう岸にはあの日の自分が立って、此方を見ている。燃える路を歩きながら、誰もいない。足下には…

オペラとサカナ 【創作】

オペラという女が林檎を磨いていると傍で寝そべっていたサカナという女の電話が鳴った。 ショパンの別れの曲だ。オペラは林檎を磨く手を止めず、出ないの?とサカナに声をかけた。出ない。即答してサカナは壁の方へ寝返りを打った。 着信音は止まり、二人は…

雑踏 午後の音楽 【創作】

白く光るなにかが 大通りを渡り終えたとき 小雨が止んだ。足取りではにかみながら なにかはどんどん歩いて角を曲がり 見えなくなった。 アイスコーヒーは グラスの中で 氷がよろめくたびに 眠れ眠れと音を立てる。 陽炎 白昼夢 手を伸べて陰影 街は回転木馬…

少女たちは本の中 (岡本かの子の)

七月も半ば。困ります。暑さにも少しずつ慣れていきます。困ります。慣れていかなければなりません。困ります。 今年の一月に本の中にいる好きな少女たちについて書き、また改めて書ききれなかったものを書こうと思っていました。 と、その前に。今年も半分…

モノローグ 【創作】

その人は急に屈み込んで、わたしの足の甲に触った。 口元には柔らかな笑みを湛えながら瞳は泣き出しそうに彷徨っていた。 わたしは理由の分からない動揺に囚われて、すっかり温順しくなった。思い返せばいつもわたしの小さな手足を彼女は笑っていたのだった…

抜け殻を背に

きれいな鳥の鳴き声に笑いながら目覚め少し重たい身体と頭で目はよく見えず寝起きの心許ない可笑しさに思うことは、いつか、目覚めるたびにむなしさとかなしみに包まれて胸から不安が身体中に染み渡っていくように感じていた日々のあったこと。あの日々のあ…

六月は歌を

歌って過ごしています。 とはいえ、何も六月に限ったことではなく、いつも歌を歌いながら暮らしています。何をするのでもお家の中では歌いながらしています。 雨の歌は多く、良い歌も多く一生かかっても口ずさむのに尽きないように思います。雨の歌と雨は出…

もうひとりいます 【創作】

最初は最初はいつだったろう。 最初だと思った最初は知らない人から知らない名前で呼びかけられて驚いたことから始まった。 振り向いてぼんやりするわたしに向かって、その人は話し続けたけれど、なんのことだかわからなかった。 人違いですよ。 その人はそ…

待っているもの

真夏にベランダから雷を眺めるのが好きです。ボールに氷水を張り、その中に三つほどソルダムを泳がせて冷やしたのを齧りながら眺めます。夏に疲れた身体に青い酸味と渋い甘さは涼しいです。丸い実で、皮は赤みがかった緑色で、齧ると中は真っ赤です。少し透…

噛むこと噛まれること

どんどん暑くなってきました。雨上がりなどは特に緑の匂いが濃くなりました。夏の前には梅雨があります。たくさん雨が降って、部屋にいると沈没船の中にいるような気持ちで眠る夜があるかもしれません。それはきっとちょっと素敵な夜でしょう。最近読み返し…

菖蒲月の鬼

道を歩いていて低く飛ぶ飛行機を見上げ一人気分の良い五月の日は晴れわたり去年と同じ垣根の薔薇は笑いこんな日にはなるほど近くひかりを感じ閉じ込めた鬼までリボンをつけているまた別のある日には銀色の雨傘をさして一人ゆっくりと歩きながら歌いフルコー…

夜に見る躑躅

月は白くかがやき藍色の空にあり見上げるものを照らしていました。疲れているの。笑っているの。何処へ行くの。帰って行くの。月のひかりは柔らかく眠りを誘うあかるさであらゆるものに落ちていました。花ざかりのつつじが赤や白や溢れるように咲いている上…

ここにいるのにそこにいる

本を読んでいて、読んでいるこちらの痛みを痛がっている人を本の中に何度も見つけてきました。それらの本を繰り返し読み、本の中の人々について繰り返し思います。書くことについても色々と思います。わたしが詩のようなものを書きだしたのは中学の頃でした…

桜を見た

四月。また桜を見た。桜を見ると思うことの一つはこんなこと。突然間違いのように旅立った人の家から見たもの。もういない人の家から遥か見上げた山の上に咲いていた桜の遠さ。この世にあったときにはその人が毎年見上げていたであろう桜の近さ。わたしはそ…

春の新しくない本ふたたび

昨年の三月にこのブログで胸騒ぎする新しくない本を色々と選びました。一年経ちましたが、少しも変わることなくそれらの本が好きです。当たり前に何度も繰り返し好きな本を読むことをよろこびながらこのまま暮らしていくのだと思っています。ちょっと振り返…

ひかり 【創作】

季節は春でした。あなたをお見舞いした日にあなたのお母さんと病院の廊下で会い、その後一緒に出かけました。お母さんは軽快に車を運転して病院の周りを少しだけドライブしてくれました。わたしに山々や町並みを見せるためだったのだろうと思います。お母さ…

巡る遺失物

置き忘れたノートに書かれる言葉の数々は置き忘れられたペンを使って書いた名前は世界のことを語るにも思い馳せる範囲のみそれでも知ったことをしかだれかに教わり知った世界の空を見て街を歩いて動かないものや生きものに気づきそれらがなになのか一人では…

ぼんやりのこと

ぼんやりとしていますか?突然妙なことを言うようですが、ぼんやりとするのって良いですよね。皆さんはぼんやりとしていらっしゃるのでしょうか。私は「ぼんやり」の道に入ってから、かれこれ二十年以上になります。ぼんやり上級者と名乗ることもそろそろ許…

車窓から雷を見た日

理由の分からないことで笑われてしまったことは何度もあって、ほとんど憶えていない。そのどれも大したことでは無かった。ある人が亡くなって、火葬場に向かう車の中で中学生だったわたしはポケットから小さなメダイを取り出して握り締めていた。窓から外を…

夢見の衣裳 【創作】

ある夜、彼女は夢を見た。彼女は変わった服を身に纏っていた。それは世にも珍しく、うつくしいドレスだった。彼女はそっと座ったり、また慎重に立ち上がってみたり、落ち着かない気持ちを抑えて深呼吸をしたりした。いつもはしない仕草で誰もいない方向へ向…

もの思う菓子

ちっとも溶けない余寒のわたくしたちは夜通し眠れない人のそばで手を伸ばされるのを待ち構えるこんなことは前にもありましたね。苦いものを噛んだような顔をしたあなたはわたくしたちに救いを求めました。甘かったでしょう。そのときだって涙はとまったじゃ…

百年一頭の犬を待つこと (前記『ある別離』に連なる)

遮断機が上がる踏切の向こうからそれは駆けてくる次の列車が行けば次の列車が行けばそれを待っている時には待っているのに迷う向こうが待っているのかもしれないから駆けて行かなければならなかったのならこれまでずっと間違えていたことになるまだいるのそ…

ある別離 【創作】

彼女は犬を得て、その犬を好きになり、その犬を失った話をした。彼女は小さな頃に小さな犬をもらったのだと言った。薄い茶色で頑丈そうに丸く、よく跳ね、よく笑う犬だったという。彼女はその犬と毎日話し、毎日一緒に遊んだ。半年ほど彼女はその犬と暮らし…

夢と身体

貧血で倒れる夢を見た日に倒れた。夢や無意識と身体の繋がりというのはやっぱり不思議で面白い。昔からある貧血の発作だった。突然の息苦しさと眩暈と金属で出来た輪に強く締め付けられているような頭痛と激しい動悸に溺れる者のように最初は酸素を求め、沈…