冬の一角獣

真城六月ブログ

レイ・フォードの詩集

存在しない本で読みたい本があります。それはたとえば、本の中の登場人物が書いた本などで、世の中の隅々まで探したとしてもどこにもありはしないことは分かりきっているものですが、読んでみたくてたまらないものです。 わたしが昔から読みたいのは、レイモ…

荒地の盗人萩

行く道は薄桃色で脆い空気のせいでそれを吸い込んだ全身の血液が甘い行く道はただ珍しく再びは来ない道と知らないから似合わない服で過ぎる蟻を踏みミミズを踏み植物の種をしばらくくっつけたままの靴底は汚れずにいられる術もなく罪を増やして足よりも少し…

持ちもの

むかし一度行ったきりの家にあった小さな置物がどうしてか長い間、自分の内に残っていたのでした。 それが置かれていたテーブルに一緒に並んでいたものなどは滲み切った背景のように遠く、何ひとつはっきりとは憶えていないのに小さな女の人の立像だけいつも…

朝焼け

雨の多かった八月のある朝、うつくしい空を見ました。 昔から好きでよく見たり、写真に撮ったりしていたのは落日ばかりでしたので、たまには朝の空をと思い、下手なりに写真を撮っておきました。胸が騒ぐような朝焼けで、興奮屋の自分はすぐに手が震えてしま…

芙蓉 白芙蓉 羽衣

雨ばかり降る八月のある日、なりたいものは芙蓉で白芙蓉で羽衣でした。 天女に憧れるのではなく羽衣に憧れるのは、アリスにではなくエプロンドレスに、仮面ライダーにではなくバイクに憧れるようなものでしょうか。 でもエプロンドレスに憧れる人は、それを…

翠煙

玄関のドアを開けて外へ出るとお線香の香りがした。 蝉の声と湿った緑色の空気に包まれながら駅までの道を歩く。身体は乾いて、乾かして歩く。憧れは空っぽだから。空っぽになるまであと何歩。 小さく狭い棚は撓んでいる。押し込まれて圧し潰されて人形も書…

夏の遠さ

どこを遠いと感じるかは人それぞれで状況や体調にも左右されます。 遠いところ。近くて遠いところがあれば、遙かに遠いところもあります。 遠いところ。遠さをうつくしいと思えるのはよく見えないからでしょうか。 夏は遠くありませんか。ただなかにあって、…

七夕過ぎてつれづれ

暑くなって、陽射しが痛くなりました。 いつにも増してぼんやりとしてしまう夏にまた身を浸しています。 気分は刻々移ります。狭い人間なので同じところを時を置いて巡ります。 このブログを始めてから来月で三年にもなります。読み返すといつも同じことを書…

七月

開けなかったピアスの穴の無い耳たぶで ガードレールにもたれている 着替えた服は鞄に入れられ膨らんで 駅のロッカーで汗をかいている この星 曇りガラスを見るように街を触る目が 充血して白いところの赤さに疲れている この星に ボタンの取れたブラウスの…

ひろがる日

「紫陽花、さようならあ」 大きな声で元気よくそう言って走り去る見知らぬ子供の後ろ姿を、なんてうつくしいんだろうと、感じ入って見送っていたら、子供に向かって「おおう。さよならあ」と、声をかけている男性が目に入りました。 一瞬で、さっきの言葉が…

迷信

山脈が海に沈むことはあっても、富士山はお茶碗に入らない。 流れに逆らうことは、身体に悪い。それでも、思念が留まりたがったり、流れに逆らったりする限り、身体には苦痛を忍んでもらう他ない。そうして来たけれど、いつまで保つかしら。それがいつまでも…

綿菓子

綿菓子 綿菓子 綿菓子 綿菓子 綿菓子 綿菓子 綿菓子 綿菓子を手のひらで 小さくして ぽいと口に放り込み 飲み込んでしまった人がいた 戯け方のたどたどしさが印象に残っている 雨の日に 灰色の窓の外を見ながら 眠たげな猫に戯けて見せてみても あのうつくし…

オペラとサカナ 【創作】

パーティーの後、音信の途絶えたサカナについてオペラが語ったことと思ったこと。 彼女は萎縮していたのではなく、当惑していたの。わたしにはそれが伝わってきたみたい。 沈黙に理由を求めるなんて訳が分からないけれど、的はずれな理由を勝手に拵えて決め…

空木

ひとりの夜には家じゅうの灯りをつけて 報せを待ちながら 報せから逃げながら カーテンを開けばかがやくお月さまがあることを悲しんで感謝して 窓の外 手を差し出せば 涼しい夜を感じられることがどうしてかこわくなる 何処かそれほど遠くないところから花の…

置き土産

駅の改札を出たところで待ち合わせをしていた頃、遅れてやって来た友達に「改札口で君のこと いつも待ったものでした」と、唄って迎えたことがありました。友達は、何その歌?と知らないようでした。当たり前です。わたしも親が唄っているのを聴いて覚えたん…

脆い鬼のための小品

降る雨が幽かな声で「うれしい」と言いながら花に落ちました。 「うれしい」 「うれしい」 雨の雫を受けた花は微笑んだり、驚いて震えたり、それぞれでした。 そうしてすべての花びらが雨を真似た囁き声で「つめたい。あったかい」と言いながら散っていきま…

桜手品

三月の裏側に跳び出してあの子は何処にいる。 はじめは少しだけめくれた三月の端っこを見つけて胸がどきどきしただけだった。 誰もまだ気づいていない。 めくれたところを見ないように素早く通り過ぎて、走って帰れば良かったかもしれない。振り返らずに、振…

みること

なにをしてきましたかと訊かれたら、みてきましたと答えましょう。 なにをと問われたらいろいろなたくさんを、それでも無理にも叶ったものをだけと返します。 みることにはどの字を使えば良いでしょう。見る、観る、視る、言葉は大き過ぎたり小さ過ぎたりも…

春の陽

春の陽 ひかり やわらかな時 薄紫色 ミント色 クリーム色 桃色 砂糖菓子のひなあられの レースとフリル 梯子 落とし穴 浮遊と落下 さざ波 笑い声 うさぎ 沈黙 親密な清らな 稽古 ワルツ ストラップシューズ 青い楽譜 菫 睫毛 ほくろと傷と 草の匂い 雨の匂い…

総天然色の夢と日々

よく夢をみます。ほぼ毎日みた夢を覚えたまま起きることができます。振り返り、なるべく何も付け加えないように補わずに思いながら珈琲を淹れます。 色のはっきりした夢です。音や匂いや肌触りやすべてある夢です。それなので、目が覚めてしばらくは本当に夢…

日々

無駄遣いしたつもりはないけれど ふと見れば痩せて萎れ少しでもあればと思いながらどうしてこんなに減ったかとまたかさを増すときの来るまで ある本を読んでいると誰かが冷たい手で背後から目を覆ってくれるようでやさしく言葉を遮ってくれるようで言葉を読…

荒地の真空管

夢みるときに踏みしめる足音と 記憶の中の銀杏の樹々が葉を揺らす音 どれも違うどれも違う 軋み 失うことを恐れるときの硝子を掻きむしる すべてを足しても違う でも近い 近くなり近くなり ほとんど触るというときに 涙がでてくる 見ても見なくても思うだけ…

『昔話の深層』から

河合隼雄の『昔話の深層』(福音館書店刊)は矢川澄子訳のグリム童話が十話収められ、装丁と挿絵を鈴木康司が担当しています。面白く興味深い本です。ユングに関心がある方は河合隼雄の著作を読むことも多いと思います。この本を最近読み返し、やはりたのし…

ふるえる水面

どこかで誰かが同じ仕草をしている いま まったく同じタイミングで右手でドアを開けている それを感じた 短い眠りから覚めてほとんど意識がはっきりしない二十分ほどの間に次から次へと言葉がとめどなく胸と頭を流れることがある。 完全に目覚めている(と、…

新年あれこれ

あけましておめでとうございます。 皆さまのご健康とご多幸をお祈り申し上げます。 この新しい年も『冬の一角獣』をどうぞ宜しくお願い致します。 というのがきちんとしなければならないご挨拶です。ここからがいつもの変てこです。 皆さまはどんなお正月を…

またねを何度も

数え切れない物事や感情と繰り返し出逢い、繰り返し別れて一年がまた飛び去っていこうとしています。 静かな気持ちです。 あったことと、なかったことを思います。 生きもののそれぞれの心臓を打つ鼓動のことを考えています。もちろん自分のいま、鼓動打つ心…

小さな鈴が鳴る

夜の長さをよろこびながら真っ暗な空に光る月を見上げながら窓から出した頭は冷たい空気に包まれてなにかどうということもなくしあわせです。 通っている喫茶店では小さなツリーが飾られていて、いつも座る席から近くよく見えます。去年はそこに赤鼻のトナカ…

冬のロマン主義

十二月になりました。 読み返したのは、何故か突然恋しくなったドイツロマン派アイヒェンドルフの作品です。 ドイツロマン派の作品は、大きな暖炉の前で紅く燃える炎を見つめつつ、猫脚の王子様専用みたいな椅子にゴブラン柄の何処で買ったのか不思議過ぎる…

さがしもの

薄曇りの一日。 去年もらったクリスマスツリーのオーナメントを探して、一日を失くしてしまった。ツリーが出来上がる夕暮れは抜け落ちて、そのまま夜になった。 銀色の掌で包める星は何処へ行った。 探して探して探してもお星さまは見つからない。 小さな部…

恐竜を担いで

十一月の雨の音は夜に部屋の中まで冷たく響いています。何もないのに驚くほどたくさんのものに包まれながら書いています。 何時何処でだったか忘れてしまいましたが思い出したことを少し。 何かのイベント会場で一緒にいた人々とはぐれて一人、ぶらぶらと賑…