冬の一角獣

真城六月ブログ

ひろがる日

「紫陽花、さようならあ」 大きな声で元気よくそう言って走り去る見知らぬ子供の後ろ姿を、なんてうつくしいんだろうと、感じ入って見送っていたら、子供に向かって「おおう。さよならあ」と、声をかけている男性が目に入りました。 一瞬で、さっきの言葉が…

迷信

山脈が海に沈むことはあっても、富士山はお茶碗に入らない。 流れに逆らうことは、身体に悪い。それでも、思念が留まりたがったり、流れに逆らったりする限り、身体には苦痛を忍んでもらう他ない。そうして来たけれど、いつまで保つかしら。それがいつまでも…

綿菓子

綿菓子 綿菓子 綿菓子 綿菓子 綿菓子 綿菓子 綿菓子 綿菓子を手のひらで 小さくして ぽいと口に放り込み 飲み込んでしまった人がいた 戯け方のたどたどしさが印象に残っている 雨の日に 灰色の窓の外を見ながら 眠たげな猫に戯けて見せてみても あのうつくし…

オペラとサカナ 【創作】

パーティーの後、音信の途絶えたサカナについてオペラが語ったことと思ったこと。 彼女は萎縮していたのではなく、当惑していたの。わたしにはそれが伝わってきたみたい。 沈黙に理由を求めるなんて訳が分からないけれど、的はずれな理由を勝手に拵えて決め…

空木

ひとりの夜には家じゅうの灯りをつけて 報せを待ちながら 報せから逃げながら カーテンを開けばかがやくお月さまがあることを悲しんで感謝して 窓の外 手を差し出せば 涼しい夜を感じられることがどうしてかこわくなる 何処かそれほど遠くないところから花の…

置き土産

駅の改札を出たところで待ち合わせをしていた頃、遅れてやって来た友達に「改札口で君のこと いつも待ったものでした」と、唄って迎えたことがありました。友達は、何その歌?と知らないようでした。当たり前です。わたしも親が唄っているのを聴いて覚えたん…

脆い鬼のための小品

降る雨が幽かな声で「うれしい」と言いながら花に落ちました。 「うれしい」 「うれしい」 雨の雫を受けた花は微笑んだり、驚いて震えたり、それぞれでした。 そうしてすべての花びらが雨を真似た囁き声で「つめたい。あったかい」と言いながら散っていきま…

桜手品

三月の裏側に跳び出してあの子は何処にいる。 はじめは少しだけめくれた三月の端っこを見つけて胸がどきどきしただけだった。 誰もまだ気づいていない。 めくれたところを見ないように素早く通り過ぎて、走って帰れば良かったかもしれない。振り返らずに、振…

みること

なにをしてきましたかと訊かれたら、みてきましたと答えましょう。 なにをと問われたらいろいろなたくさんを、それでも無理にも叶ったものをだけと返します。 みることにはどの字を使えば良いでしょう。見る、観る、視る、言葉は大き過ぎたり小さ過ぎたりも…

春の陽

春の陽 ひかり やわらかな時 薄紫色 ミント色 クリーム色 桃色 砂糖菓子のひなあられの レースとフリル 梯子 落とし穴 浮遊と落下 さざ波 笑い声 うさぎ 沈黙 親密な清らな 稽古 ワルツ ストラップシューズ 青い楽譜 菫 睫毛 ほくろと傷と 草の匂い 雨の匂い…

総天然色の夢と日々

よく夢をみます。ほぼ毎日みた夢を覚えたまま起きることができます。振り返り、なるべく何も付け加えないように補わずに思いながら珈琲を淹れます。 色のはっきりした夢です。音や匂いや肌触りやすべてある夢です。それなので、目が覚めてしばらくは本当に夢…

日々

無駄遣いしたつもりはないけれど ふと見れば痩せて萎れ少しでもあればと思いながらどうしてこんなに減ったかとまたかさを増すときの来るまで ある本を読んでいると誰かが冷たい手で背後から目を覆ってくれるようでやさしく言葉を遮ってくれるようで言葉を読…

荒地の真空管

夢みるときに踏みしめる足音と 記憶の中の銀杏の樹々が葉を揺らす音 どれも違うどれも違う 軋み 失うことを恐れるときの硝子を掻きむしる すべてを足しても違う でも近い 近くなり近くなり ほとんど触るというときに 涙がでてくる 見ても見なくても思うだけ…

『昔話の深層』から

河合隼雄の『昔話の深層』(福音館書店刊)は矢川澄子訳のグリム童話が十話収められ、装丁と挿絵を鈴木康司が担当しています。面白く興味深い本です。ユングに関心がある方は河合隼雄の著作を読むことも多いと思います。この本を最近読み返し、やはりたのし…

ふるえる水面

どこかで誰かが同じ仕草をしている いま まったく同じタイミングで右手でドアを開けている それを感じた 短い眠りから覚めてほとんど意識がはっきりしない二十分ほどの間に次から次へと言葉がとめどなく胸と頭を流れることがある。 完全に目覚めている(と、…

新年あれこれ

あけましておめでとうございます。 皆さまのご健康とご多幸をお祈り申し上げます。 この新しい年も『冬の一角獣』をどうぞ宜しくお願い致します。 というのがきちんとしなければならないご挨拶です。ここからがいつもの変てこです。 皆さまはどんなお正月を…

またねを何度も

数え切れない物事や感情と繰り返し出逢い、繰り返し別れて一年がまた飛び去っていこうとしています。 静かな気持ちです。 あったことと、なかったことを思います。 生きもののそれぞれの心臓を打つ鼓動のことを考えています。もちろん自分のいま、鼓動打つ心…

小さな鈴が鳴る

夜の長さをよろこびながら真っ暗な空に光る月を見上げながら窓から出した頭は冷たい空気に包まれてなにかどうということもなくしあわせです。 通っている喫茶店では小さなツリーが飾られていて、いつも座る席から近くよく見えます。去年はそこに赤鼻のトナカ…

冬のロマン主義

十二月になりました。 読み返したのは、何故か突然恋しくなったドイツロマン派アイヒェンドルフの作品です。 ドイツロマン派の作品は、大きな暖炉の前で紅く燃える炎を見つめつつ、猫脚の王子様専用みたいな椅子にゴブラン柄の何処で買ったのか不思議過ぎる…

さがしもの

薄曇りの一日。 去年もらったクリスマスツリーのオーナメントを探して、一日を失くしてしまった。ツリーが出来上がる夕暮れは抜け落ちて、そのまま夜になった。 銀色の掌で包める星は何処へ行った。 探して探して探してもお星さまは見つからない。 小さな部…

恐竜を担いで

十一月の雨の音は夜に部屋の中まで冷たく響いています。何もないのに驚くほどたくさんのものに包まれながら書いています。 何時何処でだったか忘れてしまいましたが思い出したことを少し。 何かのイベント会場で一緒にいた人々とはぐれて一人、ぶらぶらと賑…

存在

消える前、つかの間烈しく燃える火 閉じる前、訴え凝視める目の 身体から離れる前夜、緑の額に汗浮かべ、胸膨らませ、歌った声の 残るものが彼女をかがやかせ、暗くし、手をとれば熱い 持っているものが彼女の重さではなく、はじめからおおきな重みは内にあ…

コントレール

気持ちの良い日だね。 この信号のそば、ここにいつも飾られていたんだよ。花が。いつの間にか飾られなくなったけど、ここを通るときには必ず置かれていた花のピンクや白や、思い浮かぶ。アスファルトの上で鮮やかだった。そこだけ湯上がりみたいだった。 あ…

通奏低音

きっと物語の中にいると物語の外を思わないはずなのにいつも物語の外から物語の中を思っているのです。 帰りたい帰りたいというけれど何処へとは誰も一度も言わないのでした。随分遠くへ行くおつもりのようですね。 帰りたくないと歌う人もいます。帰れない…

食べることの岸辺

ときどき、最後の晩餐は何が良い?なんて質問を見たり聞いたりします。晩餐という言葉から思い浮かべられるような豪華で贅沢なものを答える人は案外いないもので、日頃からの好物を望む声をよく聞くように思います。 最後に口にするものなんて選べないであろ…

夜景

電車は中途の駅までしかわたしを乗せませんでした。タクシー乗り場まで歩いているときに見えた遠くのレストランの看板が赤くきれいでした。 見惚れた瞬間に灯りは消えて、眼の中に赤い色が残りました。冬に見たい赤でした。白い日に、凍える日に見たい色でし…

かつて読み返す人がいた

まだまだ暑い日が続きそうな九月のはじめです。これからもうしばらくは雨と台風とが繰り返されそうです。 冬が好きなので朝晩に初秋の風を感じたり、空の雲が薄く軽そうにのびたり、葡萄や梨が口に入ったりすると少しうれしくなります。秋は気づけば深まって…

オペラの手紙 【創作】

孤独は甘いものだからあんまり激しいものだから部屋の外を降り続く雨の音を聞いているとあの雨という水が屋根も天井も突破して光の矢になってわたしを貫いてくれたらなと思ったりします。きらきら光る髪の毛はシャワーを浴びた後よりも気分の良いものではな…

燃える路を歩きながら、手のひらから呼吸して、小さな湖の畔りから向こう岸を見たときの肌寒さを思い、苦心して、燃える路を歩きながら、再び畔りに立った。向こう岸にはあの日の自分が立って、此方を見ている。燃える路を歩きながら、誰もいない。足下には…

オペラとサカナ 【創作】

オペラという女が林檎を磨いていると傍で寝そべっていたサカナという女の電話が鳴った。 ショパンの別れの曲だ。オペラは林檎を磨く手を止めず、出ないの?とサカナに声をかけた。出ない。即答してサカナは壁の方へ寝返りを打った。 着信音は止まり、二人は…

雑踏 午後の音楽 【創作】

白く光るなにかが 大通りを渡り終えたとき 小雨が止んだ。足取りではにかみながら なにかはどんどん歩いて角を曲がり 見えなくなった。 アイスコーヒーは グラスの中で 氷がよろめくたびに 眠れ眠れと音を立てる。 陽炎 白昼夢 手を伸べて陰影 街は回転木馬…

少女たちは本の中 (岡本かの子の)

七月も半ば。困ります。暑さにも少しずつ慣れていきます。困ります。慣れていかなければなりません。困ります。 今年の一月に本の中にいる好きな少女たちについて書き、また改めて書ききれなかったものを書こうと思っていました。 と、その前に。今年も半分…

モノローグ 【創作】

その人は急に屈み込んで、わたしの足の甲に触った。 口元には柔らかな笑みを湛えながら瞳は泣き出しそうに彷徨っていた。 わたしは理由の分からない動揺に囚われて、すっかり温順しくなった。思い返せばいつもわたしの小さな手足を彼女は笑っていたのだった…

抜け殻を背に

きれいな鳥の鳴き声に笑いながら目覚め少し重たい身体と頭で目はよく見えず寝起きの心許ない可笑しさに思うことは、いつか、目覚めるたびにむなしさとかなしみに包まれて胸から不安が身体中に染み渡っていくように感じていた日々のあったこと。あの日々のあ…

六月は歌を

歌って過ごしています。 とはいえ、何も六月に限ったことではなく、いつも歌を歌いながら暮らしています。何をするのでもお家の中では歌いながらしています。 雨の歌は多く、良い歌も多く一生かかっても口ずさむのに尽きないように思います。雨の歌と雨は出…

もうひとりいます 【創作】

最初は最初はいつだったろう。 最初だと思った最初は知らない人から知らない名前で呼びかけられて驚いたことから始まった。 振り向いてぼんやりするわたしに向かって、その人は話し続けたけれど、なんのことだかわからなかった。 人違いですよ。 その人はそ…

待っているもの

真夏にベランダから雷を眺めるのが好きです。ボールに氷水を張り、その中に三つほどソルダムを泳がせて冷やしたのを齧りながら眺めます。夏に疲れた身体に青い酸味と渋い甘さは涼しいです。丸い実で、皮は赤みがかった緑色で、齧ると中は真っ赤です。少し透…

噛むこと噛まれること

どんどん暑くなってきました。雨上がりなどは特に緑の匂いが濃くなりました。夏の前には梅雨があります。たくさん雨が降って、部屋にいると沈没船の中にいるような気持ちで眠る夜があるかもしれません。それはきっとちょっと素敵な夜でしょう。最近読み返し…

菖蒲月の鬼

道を歩いていて低く飛ぶ飛行機を見上げ一人気分の良い五月の日は晴れわたり去年と同じ垣根の薔薇は笑いこんな日にはなるほど近くひかりを感じ閉じ込めた鬼までリボンをつけているまた別のある日には銀色の雨傘をさして一人ゆっくりと歩きながら歌いフルコー…

夜に見る躑躅

月は白くかがやき藍色の空にあり見上げるものを照らしていました。疲れているの。笑っているの。何処へ行くの。帰って行くの。月のひかりは柔らかく眠りを誘うあかるさであらゆるものに落ちていました。花ざかりのつつじが赤や白や溢れるように咲いている上…

ここにいるのにそこにいる

本を読んでいて、読んでいるこちらの痛みを痛がっている人を本の中に何度も見つけてきました。それらの本を繰り返し読み、本の中の人々について繰り返し思います。書くことについても色々と思います。わたしが詩のようなものを書きだしたのは中学の頃でした…

桜を見た

四月。また桜を見た。桜を見ると思うことの一つはこんなこと。突然間違いのように旅立った人の家から見たもの。もういない人の家から遥か見上げた山の上に咲いていた桜の遠さ。この世にあったときにはその人が毎年見上げていたであろう桜の近さ。わたしはそ…

春の新しくない本ふたたび

昨年の三月にこのブログで胸騒ぎする新しくない本を色々と選びました。一年経ちましたが、少しも変わることなくそれらの本が好きです。当たり前に何度も繰り返し好きな本を読むことをよろこびながらこのまま暮らしていくのだと思っています。ちょっと振り返…

ひかり 【創作】

季節は春でした。あなたをお見舞いした日にあなたのお母さんと病院の廊下で会い、その後一緒に出かけました。お母さんは軽快に車を運転して病院の周りを少しだけドライブしてくれました。わたしに山々や町並みを見せるためだったのだろうと思います。お母さ…

巡る遺失物

置き忘れたノートに書かれる言葉の数々は置き忘れられたペンを使って書いた名前は世界のことを語るにも思い馳せる範囲のみそれでも知ったことをしかだれかに教わり知った世界の空を見て街を歩いて動かないものや生きものに気づきそれらがなになのか一人では…

ぼんやりのこと

ぼんやりとしていますか?突然妙なことを言うようですが、ぼんやりとするのって良いですよね。皆さんはぼんやりとしていらっしゃるのでしょうか。私は「ぼんやり」の道に入ってから、かれこれ二十年以上になります。ぼんやり上級者と名乗ることもそろそろ許…

車窓から雷を見た日

理由の分からないことで笑われてしまったことは何度もあって、ほとんど憶えていない。そのどれも大したことでは無かった。ある人が亡くなって、火葬場に向かう車の中で中学生だったわたしはポケットから小さなメダイを取り出して握り締めていた。窓から外を…

夢見の衣裳 【創作】

ある夜、彼女は夢を見た。彼女は変わった服を身に纏っていた。それは世にも珍しく、うつくしいドレスだった。彼女はそっと座ったり、また慎重に立ち上がってみたり、落ち着かない気持ちを抑えて深呼吸をしたりした。いつもはしない仕草で誰もいない方向へ向…

もの思う菓子

ちっとも溶けない余寒のわたくしたちは夜通し眠れない人のそばで手を伸ばされるのを待ち構えるこんなことは前にもありましたね。苦いものを噛んだような顔をしたあなたはわたくしたちに救いを求めました。甘かったでしょう。そのときだって涙はとまったじゃ…

百年一頭の犬を待つこと (前記『ある別離』に連なる)

遮断機が上がる踏切の向こうからそれは駆けてくる次の列車が行けば次の列車が行けばそれを待っている時には待っているのに迷う向こうが待っているのかもしれないから駆けて行かなければならなかったのならこれまでずっと間違えていたことになるまだいるのそ…