冬の一角獣

真城六月ブログ

眠れるサカナ

 

 

 


気配を感じて目を開くと、あなたはわたしを見ていた。夜中。明け方近かったかもしれない。眠っているわたしをあなたは見ていた。

 

 


微睡んでいたからもの思う余裕も無く、目蓋は緩慢に、何にも引き留められずに閉じた。やっと意識を手放して、逃げ込んで、閉ざしてしまえるから。眠りは。眠りだけが。

 

 


顔を見ていた。あなたは言った。知っていた。恐ろしかった。あなたが何を思っていたのかが。あなたは眠れなかったからわたしを見ていたと言った。人の心は遥かだ。眠る者は眠られぬ者を置き去りにする。

 

 

 

 

林檎を磨くのではなかったの。眠られぬ夜は特に林檎は赤いもの。

 

 

 

 

目覚めている人は眠っている人の何を見ていたか。沈黙の。無言の。静かな対話。恐らく起きている相手には話せないことを。

 

 

 

 

 


普段歩く時と同じ道を同じ格好で歩いている。水たまりには空が映っている。停車している車の下でたんぽぽが黄色く、風が吹いている。道路脇の吹き溜まりに桜の花びらが行き着いている。他にどうすることも選べないピンク色が灰色の上で重なっている。花は散り落ちて、道の端にたまっても桜のつもりでいるのだろうか。一枚一枚はほとんど千切れた紙のようだ。誰にももう顧みられないので、安らいでいるかもしれない。風が強い。また重なる。新たに桜を終えた花びらが横たわる。

 

 

 

 

夢であるのに実は気づいていると遂に言えぬまま此処まで来てしまった。それでもきれいね。すべては。用途のないものから順に。役立つことのないものほど特に。意図の無いことは先に。豊かに満ちている。

 

 

 

 

 

窓のそばのベッドであなたが毎日気にかけ、水をやり、陽に当て、嵐から庇った草木をあなたはもう見なかった。あなたは十分見たのだから。見られることを終えて、草木は伸ばしていた背筋を脱力し、あなたではない人から水を与えられる。草木は与えられるままにされていたけれど、緑は分からない程度僅かに褪せた。

 

 

 

 

与り知ることのない愛。獲得も所有も無い親しみ。消した灯りを眩しがる羽虫の遮るもののない夢。

 

 

 

 

 

 


また犬を探していた。見つけるたびに必ずどこかが微妙に違うのだった。時には抱き上げてさえ、気づけないほど似た犬もいた。涙を流す犬もいた。名前を呼ぶたびに、その犬が似た別の犬であることに気づいてしまう自分を騙そうとした。探していた犬ではない別の犬の微かな鳴き声と温かな呼吸。皮膚に痛い確かな毛並み。騙しきることは出来ないのだった。

 

 

 

 

 

 

コインを投入してからゲームを終えるまでの間にしか流れなかった音楽。何もかもが掬い取れない網目から溢れていってしまうものばかりだったのに。いいえ。聴き、見たのだから。不意にそれは鳴り響くことがあるのだから。造花の匂い。ほんものの。

 

 

 

 

 

 


もうすぐ身体が水面に浮かぶ。急いで繰り返し沈もうとする。かなり淡く世界のあたたかさが迫ってくる。退こう、帰ろう、今すぐに、まだ目覚めぬように。無理に深く沈み込み、背中が底に触れるとくちびるは微笑み、そこから小さなあぶくが上がる。幾つも幾つも。後から後から。可笑しい。可笑しい。探しものを見つけるまで、落としものを拾うまで、あなたのまなざしを味わうため、眠る。いつまで?それはいつまで?

 

 

 

 

 


はじめから存在しない糸を結ぶようなそういうことをずっと夢にみている。